マリ旅行記
8日目 モプティへ戻り、ドゴン族の村を観光後サンガへ
今日は空路モプティへ戻り、近くにあるドゴン族のソンゴ村を観光した後、ドゴン族の村がたくさんあるサンガ地域へ移動する。6時にパンと紅茶だけの朝食をとり、ホテルの前に出るとちょうど朝日が昇るところであった。細かい砂が舞っているせいか色はイマイチだった。ホテルの周りにはトゥアレグ族のテントがたくさん並んでいる。
日の出 トゥアレグ族のテント
7時にホテルを出発し10分で空港に到着、再びアビオンエキスプレスのプロペラ機に乗り込み55分のフライトでモプティ空港に到着した。今日も土産物屋の攻撃がすごかったが無視して4WD車に乗りこむ。マイクロバスの後ろについて走ること30分でソンゴ村に到着した。ここには3000人のドゴン族が暮らしている。
ソンゴ村への道 ソンゴ村
バスを降りて村の中に入っていくと入り口近くに土産物屋があり手織りの服や布地が並んでいた。ドゴン族の村というと秘境という感じを持っていたがすっかり観光化されていて、歩いていくとたくさんの子供たちが近よってきて「カドウ、カドウ」といって手を出す。心ない観光客が子供に金や物を与えるからこういう事になってしまったのだ。与えた本人は子供が喜ぶ姿を見て良い気持ちだろうが、子供の教育上良くないし、後から来る観光客も大迷惑だ。
お土産屋
村の中は四角い日干し煉瓦造りの民家と一緒に藁引き屋根の小さな建物がたくさんある。これらは倉庫で入り口の2つある大きめの建物は男性用、入り口が1つで小さめの建物は女性用である。男性用は食料の保管に用い、女性用の倉庫は衣服の保管に用いる。1軒の家に女性用の倉庫が2つ以上ある家があるが、この家の主は2人以上の妻を持っていることを表している。
民家 倉庫
ドゴン族はマリの人口の7〜8%を占めていて大部分の人はアニミズムを信仰している。元々はマリの西部に住んでいたが12世紀から13世紀にかけて西部がイスラム化されたのを嫌ってここに移動してきたのである。しかし、今は2%くらいの人がイスラム教徒になって村の中にもモスクが造られていた。
モスク
柴を何層にも積んだ屋根の天井の低い建物があった。トグナと呼ばれる集会所で、かがみこまなければ中に入れない。天井が低いのはお辞儀をしないと中に入れないことと、話中に興奮して立ち上がって喧嘩になることを防ぐ役をしている。
トグナ
さらに進むと男が機織りをしていた。縦糸は10mくらいも先の方で留めてある。機織りを男がするのは珍しい習慣である。
機織り
村のはずれに小高い丘があり、登ると村の全容を眺められた。
丘からの眺め(拡大)
丘の崖の上部に岩絵があった。10〜11世紀ごろ先住民族のテレム族が描いた岩絵で、ワニがかかれていることから当時はこの辺りが水面だったと考えられている。テレム族は狩猟民族で、かってはこの辺り一帯は森で覆われていたが農耕民族のドゴン族が来て森の木を切ってしまったため狩ができなくなり去っていったという。
テレム族の岩絵
さらに進むと崖の下部にたくさんの新しい岩絵があった。ドゴン族が描いた絵で困ったことがあるとこの絵に山羊や鶏のイケニエを捧げ願いごとをするという。
この岩絵は3年に1回描き直され、その後で7歳から14歳の少年100人以上が割礼をする。割礼を受けた少年は1ヶ月間特別の建物にこもり、傷が治ると村の中にある大きな木の下に全員が集まり、ここまで競走をする。1位には村中の食べ物、2位は1番美しい女性、3位は牛が賞品としてもらえる。ドゴン族の男は割礼を受けていないと1人前の男として認められず、責任ある仕事につけないし、結婚もできない。
そばの洞穴に楽器が置いてあった。割礼の儀式が終わった後演奏するパサンパという楽器だという。
割礼の儀式の岩絵 パサンパ
1時間半ほどして村を出てしばらく舗装道路を走った後、未舗装の細い道に入る。途中川があり蓮の花が咲いていたのでバスを停め写真を撮る。乾燥した赤茶色い風景の中で緑を見るとほっとする。
川 蓮
13時40分サンガ地域のオゴル村に到着、この村の中にあるキャンプメント・ホテルにチェックインする。
キャンプメント・ホテル
ホテルの前にはたくさんのバオバブの木が生えていて幹の直径が3mを越す巨木もある。幹に削られた痕がついている木があるが繊維をとった痕で、この繊維から布や縄が作られる。バオバブの実がなっていた。実から取れる粉はお粥にして食べ、種から油が採られ、葉からソースを作り、殻はマラカスとして利用するなどバオバブはいろいろと利用されている。
バオバオの群(拡大)
削られた痕のある幹 バオバブの実
昼食後1時間半ほど自由時間になったので村の中を1人で散歩する。土の壁の間に細い道が迷路のように続いている。村を通り過ぎると広場があり大きな井戸があった。女の人はここで水を汲んで壷に入れ頭の上に載せて自宅へ運ぶのだ。重い壷を1日に何度も運ばなければならないのだから女の人は大変である。
村の通り 共同井戸
広場の先に岩だらけの丘があったので村の写真を撮ろうと思って登てみたが村から離れすぎていて良い写真が撮れなかった。丘の上に風雨に浸食されて板状になった岩が尖った岩の上に載っていた。自然の作用とは不思議なものである。
オゴル村と広場 落ちそうな岩
ホテルに戻り休んだ後、16時半から全員でオゴル村を見学する。1軒の民家の庭先に入ると女の人が杵で粟をついていた。2人で交互に搗き、ときどき杵が上がっている間に離してポンと手を打つ。粟が粉になるまではかなり時間がかかりそうだ。女の人は毎日粟を搗くだけで大変だ。
粟搗き
庭先の倉庫の小さな扉に細かな彫刻がしてあった。ドゴン族の歴史を忘れないために彫刻にして残しているのだという。
倉庫の扉
民家を出て歩いていくと壁にたくさんの四角い穴の飾りのある家があった。オゴン(ホゴン)の家でオゴンは村の宗教上の最高権威者で村の長老が選ばれる。塀の中には儀式用の建物がありイケニエの血で白くなっていた。オゴンは神に近い存在なのでオゴンの体は勿論のことオゴンが住む家の塀にすら触れることはできない。オゴンの身体は毎晩蛇が来て清めてくれると信じられていて決して水で身体を洗わない。
オゴン
オゴンの家 儀式用の建物
オゴル村は2つの低い丘の上にあって上オゴル村と下オゴル村に分かれている。オゴンの出身の村がう上オゴル村か下オゴル村かによってオゴンの住む家が変わる。近くにもう1つのオゴンの家があるが、こちらは今のオゴンの出身地でない村用の家なので塀に触っても大丈夫である。
使っていないオゴンの家
さらに進むと丸い家の周りに数人の女性がたたずんでいた。生理中の女性たちで、生理中は不浄だとして家族から離れて暮すのである。ドゴン族の村では昔からの風習が今も続いている。