ベトナム東北部旅行記
2日目 ハノイからバクカンへ
朝食前にホテルの周りを散策する。道端にしゃがんで野菜を切っている人たちがあちこちにいる。天秤棒で担いできたトウモロコシやサトウキビを道端に置いて客を待っている農家の人も見られる。
野菜を切る人 農家の人
表通りはバイクの洪水が始まっていた。1年半前にハノイに来たときはホーチミン市と比べてバイクの数がかなり少ないという印象だったが、中国製の安イバイクが出まわってきたせいか数がぐっと増えてきた。ちなみに125ccの日本製のバイク新車が5000ドル、中国製が1500ドル程度だという。1500ドルでも年収が日本の10分の1くらいしかないベトナム人にとっては大変だが、若い男はオートバイをもってないとデートもできないというから無理して買うのだ。
朝の通り
朝食はホテルの食堂で食べる。今回こそ肥らないで帰ろうと思っていたのにブッフェ式だったので最初から食べ過ぎてしまった。
ブッフェ 朝食
食後再びホテルの周りを歩くと先ほど野菜を切っていた人たちがフォーの店を開いていた。さっきはフォーに入れる野菜を刻んでいたのだ。ベトナムの椅子は小さくお風呂の腰掛けくらいの大きさしかない。ちょっと座りにくいがB所の節約になる。近くの店ではフランスパンが売られていた。おいしいパンが1個1000ドン(7円)だから安い。
フォーの店 フランスパン
8時にホテルを出発、76km先のタイニン省に向かう。三角帽子をかぶった尼さんがバイクに乗っていた。尼さんがバイクに乗っているのことに違和感を感じるがベトナムではごくありふれた風景だ。
市街地を抜けると道端にたくさんの桃の木が見られた。ベトナムの北部ではお正月に桃の花で家を飾る習慣がある。一方南部では梅の花で飾るという。
バイクに乗った尼さん
20分ほどしてホン川にかかるタンロン橋を渡る。ホン川は中国から流れてきた川で全長1200kmあり、ベトナム内を800km流れている。さらに5分あまり走ると高速道路に入った。このあたりは田や畑が広がっているが、近年工業団地を作るためどんどんつぶされている。
9時6分ラフ橋を渡る。ここからタイニン省に入る。タイニン省は人口105万人、面積3540平方キロメートルで省都はタイニン市である。タイニン市の人口は41,000人ある。
40分ほどするとタイニン市の中心部に入り、さらに5分ほどで民族学博物館に到着した。この博物館はベトナム人の設計で1960年に造られ、ホーチミン省を受賞している。初めに館長に面会して館内の写真を撮るための許可をもらう。館長は女性でなかなか親切で、お茶をいただいたあと館内を案内する学芸員を紹介してくれた。
民族学博物館
館内には多数民族のキン族と54の少数民族の伝統的な生活様式や民族衣装がマネキン人形を使って展示されている。この博物館は歴史があるだけにハノイの少数民族博物館よりもずっと充実している。
マネキン人形はガラスケースの中に入っていないので写真を撮るのに都合が良いが案内者がいると時間を十分にとれないのが残念だ。もう一度行ってみたい立派な博物館だ。
各地のターイ(THAI)族の民族衣装(拡大) 市場の風景(拡大)
中部高原の少数民族の展示もあった。これらの民族はポリネシア系で今でも半裸の生活を続けている。なかなか野性的で見ているうちに現地に行ってみたくなった。
バナ(BAHNAR)族 エデ(EDE)族の家(拡大) ジャライ(GIARAI)族の祭(拡大)
ガイドのヒューさんが町の近くにサンジュウ(SAN DIU)族の村があるとの情報を得ていたので博物館に場所を教えてもらって村に向かう。 サンジュウ族は中国から300年前に移動してきた民族で中国語の方言を話している。人口は約92,000人で主に農業に従事している。
国道から未舗装の凸凹道に入り10分ほど走るとサンジュウ族の住むナムファン村に到着した。早速数軒の家に聞いてみたが、どの家も民族衣装を持っていない。ナムファン村は古くからキン族の影響を受けていてサンジュウ族の伝統を失ってしまったのだ。
隣のソムサー村のおばあさんが民族衣装を持っているというので村の人に案内してもらい細い泥道を進む。周りには田んぼが広がり、今は稲刈りが終わって、一部の田にはトウモロコシg育っている。畑の中には溜池があちこちに見られる。
村への道 ソムサー村
10分ほど走るとおばあさんの家に到着した。サンジュウ族の家は以前は土壁だったが今はレンガ造りになっていて、表面をセメントで塗ってあるのコンクリート造りの家に見える。中に入れてもらうと正面に仏壇がありその前に応接セットがっていつ客が来ても良いように魔法瓶と茶ワンが置かれている。このように部屋の正面に仏壇を置きその前に応接セットを置くのはベトナムの一般的な習慣である。部屋の隅にはバイクが大切そうに置かれている。
サンジュウ族の家 室の中
おばあさんは親戚の結婚式に出かけていたので代わりにお嫁さんに民族衣装を着て貰うことになった。民族衣装の正確な着方がわからないので近所のおばあさんに教えてもらいながら着る。
おばあさんの指導
仕度を待つ間に家の周囲を見物する。家の前に牛舎があり水牛が入れられていた。以前は家畜と同じ家に住んでいたが不潔なので最近は別の小屋に入れるようになった。裏の畑には直径3cmくらいの小さなリンゴがたくさんなっていた。食べてみるとちゃんとリンゴの味がした。
牛舎 ミニリンゴ
家の裏手の広場にガジュマルの大木があった。樹齢が500年は十分あるだろう。以前はこのあたりは大木がたくさんあったが皆切られてしまい、この木は村創始者を祀るお堂の近くにあったので1本だけ伐採を免れた。
ガジュマルの大木
1時間近くしてようやく準備が出来たので写真を撮らせてもらう。サンジュウ族の民族衣装は高齢のおばあさんしか持ってなく、おばあさんが亡くなると一緒に棺に入れてしまうので数がどんどん減っている。それに着方を知っている人も少ないので10年もすれば民族衣装姿を見られなくなってしまうだろう。このことを考えるとこの写真は貴重だ。
タイニン市に戻って昼食をとった後、赤ザオ族の村が近くにあるというのでヌイコック湖に向かう。ヌイコック湖は1993年から94年にかけて造られた人造湖で面積は25平方キロメートル、平均水深は23mである。ヌイコックという名はヌイとコックという若い男女の名前で2人の悲恋物語にちなんで名付けられた。
ヌイコック湖
湖畔の一部が観光施設になっていて入口にはヌイとコックの大きな像がある。ここはタイニン市の中心部から15kmという距離なので市内の人たちの行楽地になっていて園内は家族連れや若い人たちで賑わっていた。
ヌイとコックの像
赤ザオ族の村の場所を観光施設の人に聞いたがわからないので車を走らせながら道を行く人たちに聞くがだれも知らない。ヒューさんが事前にハノイの博物館などで聞いた情報に誤りがあったようだ。
ヌイコック湖を発って1時間20分ほどして博物館で教えてもらったサンチャイ(SAN CHAY)族の村に着いた。サンチャイ族は人口約11万4千人、400年前に中国から移動してきた民族でタイ−ヌン言語族の言葉を話すグループと中国−チベット言語族に属する言葉を話しすグループがある。
最初の村で民族衣装を持っている人を探したがだれも持っていなkったので5kmほど離れた村に行く。しかし、この村でもだれも持ってないのでさらに1kmくらい離れた村に行くとお祭り用に保存している家があるというので案内してもらい、民族衣装を着てもらう。帽子を持っていないと言われたが贅沢は言っていられない。残り少なくなった民族衣装を撮れただけで幸運なのだ。
サンチャイ族の民族衣装(拡大)
サンチャイ族は伝統的な高床式の家に住んでいて床下は動物の小屋に利用されている。
サンチャイ族の家 床下の牛舎
写真を撮っているうちに日が沈み、真っ暗になった道を2時間半走って20時5分ようやくバクカン省のコンキンホテルに到着した。荷物を部屋に置いた後近くの食堂に行って夕食をとる。ニガ瓜に牛肉を詰めた料理や鹿の肉が出た。野生の鹿の肉なのか油のない硬い赤身の肉であった。