東トルコ旅行記
12日目(5月29日) トラブゾンからサフランボルへ
今日は朝の便でアンカラへ移動するので5時に朝食をとり5時45分にホテルを出発し10分ほどで空港に到着した。ここで12日間世話になったドライバーのハルンサさんと別れる。11日間の走行距離は3250kmにもなるが、ハルンサさんはこれから1000km走ってアダナまで戻り別のグループを乗せて再び我々と同じコースを通るのであるから大変である。
ここでトルコ航空TK537便に搭乗し7時50分にトラブゾン空港を離陸、40分ほどでアンカラ・エセンボリ・国際空港に到着した。途中でジュースとサンドイッチが出た。ホテルで朝食を食べ過ぎたのに全部食べてしまった。
アンカラ・エセンボリ・国際空港
アンカラは人口は400万人、トルコの首都で人口はトルコ第2の都市である。歴史は新石器時代までさかのぼることが出来、ローマ時代に栄えオウガスタス帝時代の建物が残っている。第1時大戦のころは人口1万5千人の小さな町であったが、アタチュルクが独立運動の拠点とし1923年に首都になって発展した。旧名はアンゴラといいアンゴラ兎やアンゴラ山羊の原産地で、アンゴラはアンゴラ兎から、モヘヤはアンゴラ山羊から採れる糸である。
大型バスに乗り9時10分にアンゴラ空港を出発する。トラブゾンは曇空だったがアンゴラは晴れ上がっている。
途中ドライブインで休憩を1回とり、11時30分ゲレデの街で早めの昼食をとる。メニューはヤユラという米とヨーグルトとミルクの入ったスープ、チキン、シェケルパレというデザートであった。
12時30分ゲレデを出発、1時間ほど走ると左手に大きな製鉄所が見えてきた。カラビク製鉄所でバヤズの製鉄所とともにトルコ最大の製鉄所である。
カラビク製鉄所
さらに30分ほど走り14時サフランボルに到着した。サフランボルは人口4万5千人、東西交易の中継点として13世紀から20世紀の初めまで栄えた。ボルとはたくさんという意味でサフランが群生していたことから名付けられた。
サフランの絵
まずフドゥルルックの丘に登る。ここは小さな要塞だった場所で、サフランボルの街を一望できる。丘の片隅にはホジャ・フズルの墓がある。
サフランボルは冬に住む谷の家と夏に住む丘の上の街の2つからなっていて、ここの住民は2つの家をもっている。谷の街は全体が世界遺産になっていて、家の改築をするときは外観を保つように規制されている。
フドゥルルックの丘からの眺め(拡大) ホジャ・フズルの墓
このあとダヤンさんの家を訪問し、チャイをいただいて休憩する。サフランボルの民家の多くは3階建ての木造建築で2階と3階が張り出していて1階より広くなっている。天井や壁、床は板ばりで長く使われたことを感じさせられる。
チャイはチャイダンルックという2段に重なったやかんで上のやかんにチャイの葉を入れて水をたらして蒸し、下のやかんに水を入れ、水が沸騰したら上のやかんにお湯を注ぎ弱火にして煮出すのである。
ダヤンさんの家 ダヤンさん チャイダンルック
この後ホテルに行く。ホテルは民家を改造してあるので部屋数が少なく2班に分かれて泊まることになりくじ引きで私はセルビリ・ホテルに泊まることになった。客室は比較的広く洋式のトイレとシャワーがついていて3星クラスのホテルと変らない。
セルビリ・ホテル 客室
夕食の時間まで街の中を散歩する。ホテルの傍に丘があり、丘の上に市役所がある。この丘からはフドゥルルックの丘とは逆の方向からサフランボルの街を眺められる。
市役所 丘からの眺め(拡大)
丘の上に時計台があり中に入ることが出来る。螺旋階段を登っていくと針を動かす歯車や動力となる錘が階段の脇に見える。
時計台 メカニズム 錘
このあと街に出てぶらつく。美しい木造の民家があちこちに見られる。女性が刺繍をしている姿も見られる。
民家 刺繍をする女性
サフランは見られなかったが可愛い野草の花がたくさん咲いていた。ほかの町よりかなり種類が多い。
野草の花
夕食は別の班が泊まったタシンベイ・ホテルの中庭でとった。ちょうど夕日が沈む時間だったので食事はほどほどにして丘に登ったが、日の落ちる方向に山があってあまり良い眺めでなかった。