タイ旅行記

1日目 成田からチェンセーンへ

 2003年12月10日11時10分タイ航空と全日空の共同運航便TG641/NH5953便は定刻より25分遅れて成田空港を離陸した。今回の旅はタイの北部と東北部、それにスコータイとアユタヤを周る12日間の旅で参加者は男7、女4人、それに添乗員の岡崎さんである。機材はタイ航空のボーイング777で客室乗務員の大部分はタイ人だが日本人の客室乗務員も2人いる。最後尾に近い席だったが機内は満席で1つの空席も見つからない。

 離陸後10分ほどしておつまみが運ばれさらに10分ほどして飲み物が運ばれ、12時20分に昼食が運ばれた。メニューは2つから選べれるようになっていたが、ポ−クソテーを選んだら厚めの豚肉が2枚入っていた。夕食は国内線の機内食なので量が十分でないと岡崎さんから聞いていたのですべて平らげた。3時間ほどして和菓子が運ばれたのでこれも食べる。

  
キャビン                昼食                和菓子

 時計を2時間遅らせ15時41分、TG641/NH5953便はバンコクのドンムアン空港に到着、待合室に行ってチェンライ行きのTG142便を待つ。ここで1万円両替したら3,630バーツくれたので1バーツが約2.8円になる。

 18時26分、TG142便は離陸、今度も満席である。30分ほどして夕食が運ばれた。岡崎さんから聞いたとおりの軽い食事だ。 


夕食

 19時45分、TG142便チェンライ空港に到着した。チェンライ県は人口124万人で、チェンライ市には22万人住んでいる。チェンライ県の平均海抜は390mで68%が山、残りの32%が盆地で、4月と5月がもっとも暑く42,3度にもなるという。


チェンライ空港

 チェンライは1397年にメンラーイ(Mangrai)王によって興されたランナー(Lanna)王国の町である。ランナー王国は最盛期にはラオスや中国のシーサンパンナまで領土にしていた。ランナー語はサンスクリット文字を使用しタイ語とは異なるが、今はタイ語の方言になっている。

 ガイドのパットさんに迎えられチェンセーンに向かう。チェンは町、セーンはランナー王国の3代目の王セントゥーを指し、チェンセーンはランナー王国3代目の王セントゥーよって国境警備のために造られ町である。タイ北部にはチェンのつく町が多いがこれはみなランナー王国の時代に造られた町である。

 ランナー王国は1558年にビルマとの戦いに敗れ植民地となり、1769年バンコクのラマ1世と協力してビルマを破ったがタイに合併された。ラマ1世はビルマの来襲を防ぐため23,000世帯の住民を移住させてチェンセーンの町を破壊した。このため町はジャングル化したが、1880年にチェンマイから1500人を連れてきて12kmはなれた場所に新しいチェンセーンの町が造られた。

 空港から1時間10分ほど走って21時40分チェンセーンのインペリアル・ゴールデントライアングル・ホテルに到着した。リゾートホテル風の豪華なホテルで、名前のとおりゴールデントライアングルの中にある

 
インペリアル・ゴールデントライアングル・ホテル         客室

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