四川省旅行記
2日目 成都から臥龍へ
朝食前にホテルの周りを散歩する。道端に人だかりがあるので近寄ってみるとハランの葉に細長い白い花を包んで売っている。黄鶴蘭といい、良い香りがするので女性が身に付けるのだという。
7時ホテル発、北西に向かって走る。道路には自転車やリアカーが多い。リンタクもたくさん走っている。リンタクは細い路地にも入れるので、タクシーの増えた今でも廃れないのだという。街路樹に百日紅の花が植えられている。まだ小さい木だが桃色の花をたくさん咲かせている。
黄鶴蘭
8時20分都江堰市に入る。道端にはたくさんのカンナが赤い花を咲かせている。川を渡り15分ほど走ると青城山に到着した。バスを降りると子供たちが黄鶴蘭を売りに来た。花2つを紙に包んで売っているので、今朝見たのは卸の人たちのようだ。
青城山山門
坂道を登り、さらに階段を登っていくと、道端の土産物屋で苦丁茶を売っていた。105グラム入りの箱が6元(90円)という嘘みたいな値段だ。荷物が増えるが、買わなきゃ損だとばかり10箱も買ってしまった。
参道
しばらく歩くと月城湖という池に出た。ここで渡し舟に乗って対岸に渡る。船が動き出したときまったくエンジンの振動がないのでおかしいと思ったらケーブルで引っ張っていた。対岸に渡るとリフトの乗り場があり、緑の中を15分ほど登る。
渡し舟 リフト
リフトを降りて15分ほど坂道を登ると上清宮の前に出た。ここには老子の像が祀られていて、右隣の建物には関羽と孔子が祀られていた。紺色の服を着て頭に髷を結った道士がいたが、あまり宗教家的な雰囲気はなかった。さらに右手に進んで坂を登っていくが、木にさえぎられて展望が良くなく、上の建物にもなかなか着かない。時間がなくなったのでやむ無く途中で引き返した。
上清宮 道士
駐車場に戻り、15分ほどバスに乗って金叶賓館に行き、ここで昼食を食べてから都江堰に向かう。
金叶賓館
都江堰はBC3世紀に李冰と李二郎の親子が、毎年襲う洪水から成都平野を守るために造った分水堰で、以来成都平野は洪水を免れ繁栄することができたのである。
都江堰の下流部 都江堰の上流部
堰の傍には南北朝時代に建てられた李親子を祀るニ王廟がある。李冰の着ている服には長い帯がついているがこれは高級官僚のシンボルとという。李冰は川主大帝と呼ばれているが、四川を支配した大帝という意味だそうだ。
ニ王廟 李冰像
ニ王廟の前の階段を下ると、当時中洲を造るために沈められた石をつめた長いかごが再現してあった。かごの材料が竹なので長くはもたず、この竹を鋼鉄線に代えた人も功績者として祀られている。
中洲には吊り橋で渡ることができる。今中国は空前の観光ブームで、そのため吊り橋の上は人手一杯で、中州に出るまでに5分もかかってしまった。10分後には戻らなければいけないので中州を見ている時間がない。そこで空いている対岸までの吊り橋を走っていき、また中州まで走って戻り、橋が揺れるのを怖がってそろそろ歩いている中国人の間を走り抜けようやく集合時間に間に合った。せっかく来たのだから最低20分の観光時間が欲しかった。
中州に積んだ石 吊り橋
15時50分発、途中のスーパーで下車し、高山病にかかったときに使う携帯酸素ボンベを買うことになった。大して酸素が入っているとは思えないスプレー缶の値段が50元だった。私は高山病にはかからないという自信があるので買わなかったが、多くの人が買っていた。川を右手に見ながら走る。水力発電所の工事が行われていて、ストップさせらりしたが、17時50分に今夜泊まる熊猫山荘に到着した。この山荘はパンダ保護センターに隣接していて、ロビーなどは質素であるが客室は3星ホテルクラスの清潔な部屋であった。
熊猫山荘
19時から山荘のレストランで夕食をとった。メニューは8皿で野菜の油炒めが多く、肉料理が1皿あったが骨と皮ばかりで肉はほとんどついていなかった。ナマズのような川魚も出たが小骨が多くて食べられなかった。今回のツアーはこれまで毎回この程度の食事で、これなら肥らないで済みそうだ。