シルクロード旅行記

9日目 クチャ(庫車)郊外観光

 今日はクチャ近郊のクズルカハ千仏堂、塩水渓谷、キジル千仏道を観光する。8時ホテルを出発、クズルカハ千仏堂へ向かう。ポプラ並木の外側には広いトウモロコシ畑が広がっている。 


トウモロコシ畑

 10時30分、クズルガハ烽火台に到着した。クズルガハとは赤い色の関所という意味で、烽火台は2000年前に日干し煉瓦で造られた。現在の高さは13.5m、幅は4.5mであるが、建造時には高さ17.8m幅5mあったという。烽火台はキャラバンの道に沿って15kmおきに造られたが、所によっては5kmおきに造られた。


クズルガハ烽火台

 烽火台の脇の崖下は塩水渓谷で広い河原に少しだけ水が流れていた。


塩水渓谷

 次にクズルガハ千仏堂を訪れる。この洞窟は専門ガイドの王さんが日本語で説明してくれた。クズルガハ千仏堂は4世紀に造られた仏教遺跡で3つの洞窟群からなっている。いずれの洞窟も13世紀にイスラム教徒によって仏像が破壊され、さらに今世紀になって紅衛兵によって破壊され痛々しい姿になっている。。

 
クズルガハ千仏堂

 まず11窟に入る。この石窟は6世紀に造られたもので正面に釈迦の坐像があったがイスラム教徒によって破壊されてしまった。釈迦の説法と本生伝の壁画もあったが紅衛兵によって破壊され元の姿を想像することは難しい。天井には太陽の神、月の神、人の顔をしたガルーダ、風神などの画が認められる。

 次に14窟に入る。この石窟は6世紀に造られtが、ここも破壊されいたいたしい姿になっている。正面にはたくさんの穴が開いているがここに木を差し込み仏像を取り付けていた。入り口の上野壁には弥勒菩薩の説法図が認められる。馬に乗って仏舎利を運んでいる分舎利図、釈迦の火葬図などがかすかにわかる。

 16窟は4世紀に建造された一番大きな洞窟でここに釈迦の大きな像が祀られていたがイスラム教徒に破壊された。1000年前の床が残っていて色が少し残っている。奥には釈迦の涅槃台があり枕の部分が認められる。天井には赤や緑の絵具で猿、鹿、熊、虎、鳥などのたくさんの動物が描かれている。

 30窟は7世紀に造られた石窟で天井画が比較的良い状態で残っている。ここには4弦の琵琶、笙、横笛、クコ(ハープ)などの楽器を奏でる姿や、花を撒いたり踊っている女性の姿が見られる。

 32窟は6世紀に造られた石窟で天井がドームでなく三角隅持ち込みの天井になっている。中央は青い色で塗られているが、これは海を表している。

 27窟と28窟は僧坊で、壁の穴で連結されている。27窟は広く壁の下に座禅の台が造られている。煙突とかまどの跡があり天井が煤けている。28窟は小さく壁を削って本棚が造られている。

 以上でクズルカハ千仏堂の観光を終わり9時50分に出発、キジルへ向かう。途中風雨に浸食されてできたヤルダン地形の場所で写真ストップする。ヤルダン地形は中国に4箇所しかないという。 


ヤルダン地形

 5分ほど走ると塩水渓谷に入る。シルクロードはここを流れる川に沿っていて玄斐三蔵もこの渓谷を通っていった。

 
塩水渓谷の橋              塩水渓谷の川

 さらに10分ほど山道を走ると絶壁の前に出た。チベットのポタラ宮に似た形だというのでこの絶壁はポタラ宮と名付けられている。


ポタラ宮

 道路工事のため迂回路に入る。ヤルダン地形の中の未舗装の道でマイクロバスは大揺れし、最後列に乗っていたガイドの黄さんは天井に頭をぶつけてしまった。12時キジル千仏堂に到着、レストランで昼食をとったあと観光に向かう。キジル千仏堂は1816年に発見された中国で一番古い千仏堂で4世紀から6世紀の石窟が多く、全部で236窟ある。その多くは12世紀にイスラム教徒によって破壊され、さらに今世紀にヨーロッパの探検隊によって残っていた壁画が剥ぎ取られ無残な姿になっている。 


キジル千仏堂

 構内に入ると鳩摩羅什(くまらじゅう)の像があり、ここから先はカメラの持ち込みを禁止されているので近くの土産物屋に預けて先に進む。


鳩摩羅什像

 8窟に入る。この石窟は7世紀に造られ16佩剣者窟と呼ばれている。シャカ像が祀られていたがイスラム教徒によって破壊された。右側の壁にはシャカの説法図が残っているが袈裟の金泥は削り取られている。良い壁画はドイツの探検隊によって剥ぎ取られ大部分ベルリンにある。入り口の上には5弦の琵琶をもった飛天の画が残っている。天井には太陽の神、火の神、風神、鳥の頭のガルーダの画などが残っている。

 10窟と16窟は僧坊で16窟には竈の跡がある。

 17窟は6世紀に造られ菩薩天井窟と呼ばれている。一番高いところにあり最も良い状態で残っている。入り口の上の壁には弥勒菩薩の像があり、周囲の壁の画はすべてシャカの絵である。正面の右側の壁の上部にはシャカの本生伝が描かれているがすべて独立した物語になっている。天井にはギリシャ風の天象図が描かれている。

15窟は僧坊窟でなにもない。ペチカがあるが縁と継がなく煙は窓から出るようになっている。

 27窟は壁ガン窟と呼ばれ壁にたくさんの凹みがある。凹みには穴が開いていてここに黄を差し込み仏像を取り付けていた。天井は地震で崩れている。壁にたくさんの手形gさるが砂岩の柔らかい壁に観光客が触った跡である。

 32窟は5世紀に造られた石窟で壁画の多くは外国人に撮られてしまっている。裸の男を描いたインド風の画があるが中国で一番古い裸体画である。

 34窟は5世紀に造られた瞑想する太陽神窟と呼ばれ、入り口が離れたところにあって回廊を通って中心窟に入るようになっている。天井には太陽神や月の画が描かれているが月には兎が描かれている。

 38窟は4世紀に造られた石窟で楽天窟と呼ばれ西の洞窟群で一番古い。中にはたくさんの楽器が描かれており,琵琶、篳篥、鈴、笙、クゴ(ハープ)、横笛、瓔珞、拍手などが見られる。

 1時間半ほど見学した後、来た道を引き返す。途中見晴らしの良いところがあったのでバスを停めて写真を撮る。


風景

 足下には小さな桃色の花をたくさんつけた野草が咲いていて目を楽しませてくれる。 


野草の花

 塩水渓谷に来たとき往路で素通りした景色の良い場所でバスを停めてもらう。岩が斜めに立っていて岩の下に丸い穴が開いている。このような穴は川底にできるので斜めに切り立った岩は、以前は下を向いた面が上を向いて平らになっていたのだろう。

 
斜めになった岩            岩の穴

  19時5分ホテルに到着、夕食には那須さんが作ってくれたソーメンが出た。毎日油でギラギラした料理を食べていたのでさっぱりした味がおいしかったが、ホテルの料理も出たのでこちらの方にも手を出してしまった。ダイエットをしなければいけないのに旅に出るとまったく食欲を押えられなくなってしまう。

 
ソーメン            料理

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