シルクロード旅行記

3日目 カシュガル(喀什)観光

 8時30分ホテルを出発、5分ほど走ると職人街に到着した。職人街の入り口でバスを下りるとまず羊の肉をぶら下げた店が目に付いた。カシュガルでは1日に600頭の羊と150頭の牛をつぶしているという。羊肉は1kg20元(280円)、牛肉は1kg16元(230円)で羊肉の方が高い。


肉屋

 職人街は長さが400mほどあり、銅細工屋、鍛冶屋、木工屋、楽器店などが軒を連ねている。

 
銅細工屋             鍛冶屋

 銅細工の店の前で少年がグラインダーで銅の壷に彫刻をしていた。12歳だというがもう一人前の仕事をしている。将来は名工になることだろう。

 
銅の壷に彫刻をする少年          銅の壷

 楽器屋の中に入るとエジェという伝統的な楽器を作っていた。店の主人が弾いて見せてくれたがなかなか良い音だ。お土産用の音の出ないエジェクが250元(3500円)というので記念に買った。楽器を買ったってどうせ弾けないのだから、丈夫なお土産用の模型の方が壊れる心配がなくてよい。

 
エジェクを作る職人          エジェク

 木工屋の前にパイプのような白木の筒がぶら下げてあった。シュメークという赤ちゃん用の尿器で、男用と女用がある。ウイグル族の赤ちゃんは1歳になるまで尿器をつけて手足を縛っておくのだという。こうすると脚がまっすぐになるという。シュメークをパイプと思って買い口にくわえて大笑いされる観光客がいるという。

 
木工屋           シュメーク

 このあと自由行動になり30分ほど近くの通りを散策する。ウイグル人はイスラム教徒なので頭に平たい帽子をかぶっている。同じくイスラム教徒の回族は白い帽子をかぶっているが、ウイグル族は模様のついた帽子をかぶっている。茶色いベールをかぶって顔を見せない女性もいる。

 
ウイグル族の老人          ウイグル族の女性

 通りで柿のような形の黄色い果物を売っているのが目に付く。果物の王様と言われるイチジクで食べてみたら非常に甘かった。なお、イチジクは漢字で無花果と書くが、これは中国語の無花果から来ている。


イチジクを売る少年

 通りの真中に長持ちと赤ちゃんのベッドが並べられていた。長持ちは今でも結婚式のとき花嫁が衣類などを持っていくのに使われている。赤ちゃんのベッドは左右に振れるようになっている。底に穴が開いているがここからシュメークの尿を出すのだ。


長持ちと赤ちゃんのベッド

 通りを歩いていると子供たちが寄ってきて写真を撮ってくれとせがむ。1人にカメラを向けると周りからさっと集まってくる。写真を撮とっても金をくれというわけではないので写真を撮られることが嬉しいのだろう。

 
子供たち

 次にエイティガール清真寺を訪れる。エイティガール清真寺は新疆ウイグル自治区で最大のモスクで中国のメッカと呼ばれており、イスラムの祭日であるグルバン祭やローズ祭には5万人も集まるという。このモスクは1422年に造られ、その後何度か改築されている。1729年にメッカに向かった金持ちの女性がパキスタンから先に進めなくなって引き返しカシュガルでなくなった。その際全財産をこのモスクに寄付すると遺言したので大幅な改築が行われ現在の形になった。内部は広い庭園になっていて、1度に7000人が入れるという礼拝堂がある。

 
エイティガール清真寺の門               礼拝堂

 礼拝堂の中央にはメッカの方向を示す凹みがあり、その脇には木製の説教台が置いてある。階段がついているのは中東の説教台と変らないが、周りに細かな装飾が施されているのは中東の無地の説教台と大分雰囲気が異なる。礼拝堂の天井には所々寄席木細工風の装飾が施されている。

  
礼拝堂           説教台          天井の装飾

 この後バスで5分ほど走って老街に行く。老街はウイグル族の古い街で、風除けのため通りが迷路のように入り組んでいる。敷石には亀の子型と長方形のものがあるが、亀の子型の敷石の道は通り抜けできる道、四角い敷石の通りは行き止まりになっていることを表している。


老街入り口
 
亀の子型の敷石         長方形の敷石

 老街の中にある陶器工房を訪れる。以前はカシュガルに陶器工房がたくさんあったが、収入が少ないので今は1軒しか残っていない。訪れた家も生活が楽でないようで建物は古く壁は落ち今にも崩れそうだ。埃だらけになって作業場に行くと老人が粘土をこねてロクロで深皿を作っていた。出来上がった陶器は肉が厚くベトナムのバッチャンの陶器とよく似たものであった。

 
陶器作りの老人

 ホテルに戻り中華料理を食べてから小休憩し、14時に香妃の墓に向かって出発する。先ず、香妃の墓の脇にあるモスクを見学する。モスクの門はイスラム風であるが、モスクは平屋根の木造の建物で、ドームのついた石造りのモスクを見慣れた目にはモスクの感じがしない。


モスクとモスクの門(拡大)

 モスクの天井には装飾が施され、ポプラの木の柱にはザクロなどの植物の画が刻まれている。柱の彫刻は1本1本全部違っている。

 
モスクの天井         柱

 次に香妃の墓を訪れる。この墓はアパク・ホジャの墓とも呼ばれカシュガルを統治したアパク・ホジャという権力者と家族の墓である。1640年に造られ土とレンガ造りで鉄は使っていない。ドームの高さは25m、直径は17mある。香妃は幼い頃から砂ナツメの花で体を清めていたが、近寄ると芳香がするようになった。26歳のとき清の乾隆帝に嫁入りし56歳のときに亡くなった。遺体は3年かかってこの地にに運んできたというが途中で埋葬したという説もある。

 建物の中にはアパク・ホジャ一族72人の棺が並んでいるが大きさがまちまちである。生前の社会的地位により大きさを変えてあるのだ。棺には布がかけられているが男と女で色が違い、また若いとき亡くなった人は明るい色、年をとって亡くなった人には地味な色になっている。香妃の棺は右奥にあり、黄色いリボンがかかっているが意外と小さな墓である。棺には遺体は入っておらず棺の下の地下2mに埋められている。

 
香妃の墓(拡大)          香妃の墓と庭園(拡大)

 香妃の墓の脇の広場には一般人の墓がある。横たわった円筒形の墓とドームのような丸い墓があるが、円筒形の墓は個人の墓でドーム型の墓は家族の墓である。遺体は頭を北に向け顔をメッカの方向のの西に向けて埋葬される。


一般人の墓

 最後に香妃の墓の裏にある説教殿に行く。説教殿は以前学校だった大きな建物で、コーランやアラビア語を教えていた。

 


説教殿

 最後に新疆最大と言われるバザールを見物する。建物が改築中なので車道の真中に1kmにわたって3本の道が造られ両側には露店がぎっしり並んでいる。ここには食品から衣類、家具、電化製品など生活に必要なものすべてが並んでいて、日曜日には10万人もの人出があるという。

 
バザール

 ホテルに戻った後、ウイグル族の民家の家庭料理をいただきに行く。訪問先はアジ・ハネムさんというロシアのマトリューシカを思い起こさせるおばあさんの家で、手作りの料理をいただく。


アジ・ハネムさん

 12畳くらいの広さの部屋に敷物が敷かれその上に料理が並べられていて、全員あぐらをかきながら食事をする。初めにナンや豆、イチジクなどの前菜を食べた後メインの料理が出てくるがナンがおいしいので前菜だけでお腹が一杯になってしまった。

 
食堂                  豆

 出された料理はウドン、ポロと呼ばれるピラフ、シシカバブであった。すべて羊の肉が入っているが、この地方は土地に塩分が多く羊の食べる草にも塩分が多く含まれているので羊特有の臭さがなくおいしく食べられた。

  
うどん             ポロ(ピラフ)             シシカバブ

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