ラダック旅行記
5日目 ヘミス ゴンパのツェチェ祭
(ヘミスゴンパ、シェー王宮観光)
5時に起床する。体調は大体回復したが、脈が毎分68とかなり高い。食事の前に血中酸素の濃度を測ると85%と低めだ。まだ風邪は治っていない。
今日は今回の旅のメインイベントであるヘミス
ゴンパのツェチュ祭の見物である。ヘミス ゴンパは17世紀にセンゲ
ナムギャル王がタクツァンレーパという高僧のために建てたラダック最大の寺である。ドゥクパ
カーギュ派の総本山になっており、現在200人の僧がいる。ツェチュ祭は毎月パドマサンババの誕生日に当たる10日に各地の寺で行われる仮面踊りでヘミス
ゴンパでは7月に行われている。
7時5分にホテルを出発し岩山の間の乾燥地帯を進む。やがて車は急な山腹の道に入る。民族衣装を着た地元の人たちが歩いている。その脇をオートバイに乗ったヨーロッパ人のグループが通り過ぎていく。
岩山の間の道
8時22分ヘミス ゴンパに到着した。もう大変な人出である。こんなに込んでいてはよく見られないのでないかと心配になったが、我々には2階の指定席が用意されていて一安心する。しかし狭い場所に椅子がぎっちり並べられているので一旦席に着くと動けない。
ヘミスゴンパ(拡大) 地元の人たち
9時10分チベットホルンのブルブルブルという低い音とともにカーギュ派のトップ、ルクチェン リンポチェの写真が運び出され会場正面の大きな椅子に置かれた。
ルクチェン リンポチェの写真を運ぶ僧 椅子に置かれたルクチェン
リンポチェの写真
続いて太鼓やシンバルの演奏が始まり、ルクチェン リンポチェを描いた大タンカがゴンパの壁に懸けられた。ただ大タンカといっても中国のタール寺の巨大なタンカと比べると10分の1以下の大きさしかない。
楽器の演奏
大タンカを懸ける作業 大タンカ
このあと黒い帽子(シャナク)をかぶった密教僧(ンガッパ)が出てきてジャーン、ジャーン、ジャーンというシンバルの音に合わせてゆっくりした動きの踊りが始まった。この踊りはツァンパ(炒り麦)で作った人形を供養し、悪霊を払って祀りの期間中に悪霊が侵入しないようにするものである。密教僧は仮面をかぶらず、悪霊を吸い込まないよう口を布で覆っている。
続いて黄金の仮面の踊りが始まった。この踊りは女性の菩薩が会場を清めるために行うもので手に持った鈴やダマル(でんでん太鼓)を緩やかに鳴らしながら踊る。ゴンパの最上階では尼僧院の院長トクチェ リンポチェが姪の尼僧と一緒に会場を眺めている。
黄金の仮面の踊り(拡大) トクチェ リンポチェと尼僧
このあとパドマ サンババの大きな仮面をかぶった僧がパドマ サンババの八変化を表す仮面をかぶった8人の僧とともにに登場してグルツェンゲの踊りが行われた。
パドマ サンババの登場(拡大) パドマサンババ八変化の行列(拡大)
次いでパドマサンババの八変化の仮面をかぶった僧が一人ずつ出て踊る。パドマ サンババの八変化とはパドマ サンババの現世と7つの前世の姿を指し、パドマ サンババが超能力で変身するわけではない。
パドマ サンババ ツォケェ ドルジェ パドマ
ギャルポ
ドルジェ ドォロォ グル
ニマウセル シャキャ センゲ
センゲ タトォク センゲ タトォクと2人の弟子
2人の女性がパドマ サンババの前に連れてこられた。お祭に寄付をしたので招かれたのである。服装から判断すると大金を出したとは思えないが、信仰心を買われて名誉ある場に出されたのだろう。
寄付をした2人の女性
次いでダキニの仮面をかぶった5人の僧が出てきて会場を回りハタ(白い細長い布)を僧たちにかける。
ダキニ
以上で午前の踊りは終わって休憩時間になった。観覧席に仮面をかぶった僧がやってきて2つ折りにしたハタで後頭部をこすりお清めをする。そばに集金係の僧がいてお清めを受けた観客から寄付を集めている。
お清めをする僧
昼食のボックスランチを食べた後、寺の外に出る。周りには野ばらが咲いていた。濃いピンク色でなかなか美しい。
野ばら
地元の人たちが輪になって座り食事をしたりして話し合っていたりしている。食べ物屋などもたくさん店を開いていて地元の人たちにとっては年に1度の楽しい祭りなのだ。
休憩中の地元の女性
お堂の中に入ると大勢の地元の人たちが仏像の前に行列を作って拝んでいた。顔を見ると若い人がかなり多い。若い人について言えばチベット人よりもラダック人のほうが信仰深い。
参拝する地元の人たち
厨房の脇では僧が大きな鍋を洗っていた。食事の仕度ばかりしていたのではお経を読む時間がなくなってしまう。食事係りは交代でしているのだろうか。
食事の仕度をする僧
お堂の見物を終えて屋上に出るともう午後の部の護法尊の踊りが始まっていた。
護法尊の舞(拡大)
護法尊の踊りの後はザオに纏いつく悪霊を追い払うために酒と木を献じて祈祷するセルケムという儀式が行われた。
セルケム
次に骸骨の仮面をかぶったチティパティ(墓場の主)の踊りが始まった。
チティパティの踊り
このあと憤怒尊の仮面をかぶった5人の僧がザオを刀で切り刻んでその死体についている悪魔を追い払う踊りをする。
ツェチョックの踊り(拡大)
最後に本物の虎や豹の毛皮を漬けた10人の僧が勇者の踊りをして仮面踊りは終了した。
10人の勇者の踊り(拡大)
楽隊の演奏と読経の中、大タンカが外され今日の祭りはすべて終わった。
楽隊 読経する僧
観客の立ち去った会場には切り刻まれたダオやお供えのトルマが残されていた。
切り刻まれたダオ トルマ
この後、お堂の中を見学する。まず仮面をかぶった僧たちが出てきた左側の集会堂に入る。正面に釈迦如来、その左側には白ターラー菩薩、高僧の像、銀製の仏塔が並んでおり、その前にはツァンパで作られたトルマが捧げられている。釈迦如来像の右にはパドマサンババ、ローズウッド製のミラレパ、阿弥陀如来が祀られている。
右側の壁には釈迦如来の言葉を記した108巻のカンギュールと呼ばれるお経と、釈迦如来の言葉を解説した210巻のタンギュールというお経が棚に収められている。これらのお経は草で作った紙に書かれている。入り口側の壁には17世紀に描かれた壁画が残っている。
釈迦如来像
右側の集会堂に入ると正面には代々のドゥクチェ
リンポチェの像が並んでいる。その右にはヨガ行者のリンガ
パドマ ドルジェとヘミス僧院の守り神が祀られている。壁にはパドマ
サンババの八変化が描かれている。
2階に登ると正面に1984年に造られたパドマサンババの像が祀られている。右手には密教の力のシンボルであるドルジェ(金剛杵)を持ち、左手には幡を持っている。幡に付いている骸骨と青い顔、茶色い顔は過去,現在,未来を表している。冠の太陽は知恵、月は方法・手段を表している。現在壁画を描いている所で左の壁には阿弥陀如来、右の壁には釈迦如来が描かれている。
パドマ サンババ像
見物を終えて前庭に出ると明日のお祭に備えて僧がシンバルの音に合わせて踊りの練習をしていた。楽隊の僧は朝からぶっ続けに演奏しているのだから大変なスタミナが必要だ。
踊りの練習をする僧
次にシェーゴンパに向かう。シェーゴンパは17世紀にデルダ ナムギャル王が父のセンゲ ナムギャル王の供養のため建てた。ゴンパの隣には廃墟になっているシェー王宮がある。丘の下には大きな池を造られたが今は湿原になっている。
シェー ゴンパ(拡大) 湿原
お堂には大きな釈迦如来の像が祀られている。台座を合わせた高さは18mあり、台座は1階に、胴は2階に、頭は3階の高さになっている。銅に金をめっきしてあり、金は7kg使われているという。釈迦如来の像の前にはカギュー派の寺でよく見られるチャクマンという護法尊の像が祀られている。左の壁には観音菩薩、パドマ サンババ、ナガル ジュナ(竜樹)の像が描かれている。壁画はスイスの技術援助で煤が払われているが、その際かなり傷んだように見える。
釈迦如来像 護法尊
ゴンパの下の道路脇の崖に大日如来以下五仏のレリーフが刻まれている。下の方にもたくさんの仏が刻まれているが皆顔をペンキで消されてしまっている。25年前に出版された写真集「ラダック密教の旅」を見ると、この写真でも顔にペンキが塗られている。イスラム教徒が消してしまったのだろうか。ただレリーフ自体に傷がついていないのが救いである。