ラダック旅行記
4日目 レーへ移動後ゴンパ観光
(ツェモ ゴンパ、シャンカール ゴンパ、スピトク
ゴンパ観光)
今日はモーニングコールが1時間も早くかかってきて2時15分に起こされてしまった。慌てていたので時計を確かめずに仕度をしてスーツケースを外に出してから間違いに気づく。
4時20分にホテルを出発、空港へ向かい15分で到着した。昨日の失敗に懲りて今日はカメラから電池を抜かずに検査を受けたが、まったく問題なく通過できた。
5時40分ジェット エアウエイの9W609便に搭乗したら運良くビジネスシートに座ることができた。6時2分離陸、10分もしないうちに朝食が運ばれた。メニューはオムレツとハンバーグ,ポテトの詰め合わせとパン、メロンであった。さらに20分ほどすると雪に覆われた山が見えてきた。今回は通路側の席だったのでカメラを持って窓の所まで行って写真を撮ろうとしたら客室乗務員から止められてしまった。客室乗務員はキャビンの前に立って見張っているので隠れて撮ることができない。前回カメラの電池を抜いたことが一層悔やまれる。
高い山の群れを通り過ぎるとごつごつした岩山の間に川が流れ周りに緑の畑が広がっているのが見えてきた。そして灰色のインダス川の流れを越えるともうレーの空港だ。
7時3分着陸、機外に出ると銃を持った兵士がやけに目立つ。出口のところにきれいな民族衣装を着た娘さんたちが並んでいるので写真を撮ろうといたら警備の兵士に止められた。この空港はインド空軍の施設内にあるので写真を撮れないのだ。
ガイドのロブサンさんに迎えられて6台のボックスカーに分乗してホテルに向かう。ラダック内では毎日この6台に乗って移動するのだ。滑走路に沿った坂道を登っていく。仏塔があちこちに見られラダックに来たという実感が湧いてくる。5分ほどでガルダン
コンチネンタル ホテルに到着した。高度計を見ると3440mになっている。レーの標高が3510mだというから高度計は70mほど低く出る。
ガルダン コンチネンタル ホテル 客室
今日の午前中は高度順応のため休養というスケジュールになっているが、私は日ごろ競歩の練習をしているお陰で4000mまでの高度なら低地とたいして変らなく行動できるようになった。眠不足でぼんやりした頭をすっきりさせようと早速街の中に出かける。街の中が19年前とすっかり変わっていて前のことが全然思い出せない。
とりあえずレー王宮に登ってみようと丘の上にある王宮目指して少し歩きだす。レー王宮は17世紀前半にセンゲ
ナムギャル王によって建てられたが1835年にジャンムー地方のドグラ族の軍によって破壊され廃墟になっている。
ホテルから少し歩くと開けた場所に出た。ここがレーの中心部のようだ。近くには仏具などを売る土産物店が並んでいるが、土産物にはまったく興味がなくなったので写真を撮るだけで通過する。
レー中心部 土産物店
少し歩くとモスクがあった。前回来たときは、ラダックは仏教一色だったのにモスクができているとは驚いた。それに前に来たときはほとんど見なかったインド人がたくさんいる。そのうちレーはインド人に占領されてしまいそうだ。通りにトラックが停まっていた。パキスタンほどではないが、ラダックのトラックもかなり派手な装飾が施されている。
金曜モスク 飾りたてられたトラック
王宮の下の通りを歩いていくと左手に細い路地があった。どんどん進んでいくと王宮の下に出て、さらに5分ほど急な坂道を登ると王宮の脇に出た。
レー王宮
王宮の中に入れなかったので王宮の前から街の景色を眺める。前回と比べてレーの市街がずいぶん建てこんでいる。
王宮前からレー市街の眺め
王宮前の細い道を右に歩いていくと山の頂上にツェモ ゴンパが見えた。ゴンパの周りに数人のヨーロッパ人がいて、女性の姿も見える。ゴンパに行くには急な坂道を登っていかなければならないが負けていられないと私も登り始める。
ツェモ ゴンパ
3500mの薄い空気の中、息をぜいぜいさせて10分ほどせっせと登ると、下ってきたヨーロッパ人とすれ違った。あと少しでツェモ ゴンパだ。振り返ると王宮が足下に見える。
ツェモ ゴンパ 王宮
さらに10分ほど登るとゴンパの前に出た。ここからの眺めは素晴らしく360度の展望がえられる。
ツェモ ゴンパからのレー市街の眺め(拡大)
10ルピーを払ってお堂に入ると大きな弥勒菩薩の像が祀られていた。デジカメで写真を撮ろうとしたら露光時間が4秒だ。邪魔になるので旅行には三脚を持ってこないので柱などにカメラを押し付けて撮るしかない。良いアングルで撮れないのが残念だ。
弥勒菩薩
10mほど高い場所にあるお堂にはたくさんの護法尊が祀られていたが、顔はすべて布で隠されていた。
護法尊
さらに高いところにもお堂があったが、手前の門の鍵がかかっていて入れなかった。手元の高度計を見ると3,640mを示しているから実際の高度は3710mくらいだ。富士山の頂上に近い高さになり、街から200mほど登ったわけだ。見学後、来た道を引き返していくと山の裏側に頂上近くまで車道が来ているのに気づきがっかりする。息を切らしてたどり着いたゴンパが車で簡単に来られるのだ。
山道を王宮の近くまで下りたあと今度は車道を歩いて下る。かなり遠回りになるが旧市街を見ながら歩くことができるし王宮やゴンパの写真を良いアングルから撮ることができる。
このあとレーの市街を1時間ほど歩き回ってホテルに戻る。少々疲れたのでシャワーを浴びて昼食の時間までベッドに横になって休む。
13時半からシャンカール ゴンパの見学に出かける。今日から6日間はパルデンさんが同行して寺院の解説をしてくれる。パルデンさんはスピトク ゴンパの別院の住職で、チベット仏教についての造詣が深く著書がたくさんある。日本のチベット仏教の研究者も案内されており、こういう方に案内してもらえるのはありがたい。
パルデンさん
5分ほどでシャンカール ゴンパに到着した。このゴンパはスピトク ゴンパの分院のゲルク派の僧院で16羅漢の1人の生まれ変わりという先代のバクラ リンポチェによって100年前に建てられた。ゴンパは通常岩山の上に建てられるが、シャンカール ゴンパは平地に建てられている。
シャンカール ゴンパ集会堂
集会堂の正面には釈迦如来の像が祀られ、左側には僧院の守護尊の壁画が描かれている。パルデンさんは早速釈迦如来の像に向かって五体投地の祈りをしている。パルデンさんはこの後もお堂に入るたびに五体投地をしていたが、人の命はいつ終わるかも知れないからできるときにしておくのだと語っていた。
左右の壁には35仏と16羅漢の壁画が描かれている。16羅漢は釈迦の弟子で釈迦如来の教えそのものを引き継いでいる人たちである。16羅漢の壁画を見て僧たちは原点に戻らなければいけないと感じるという。また僧が過ちを犯したときは35仏に向かって告白し反省するのだという。
集会堂内部 釈迦の像
集会堂の奥にも小さなお堂があり、十一面千手観音菩薩が祀られている。その隣にはツォンカパと2人の弟子の像が祀られている。その右には小さな仏像がたくさんケースに収められている。
十一面千手観音菩薩 小さな仏像
2階に上ると千の頭と千の手と千の足を持つシッタ パティ(白傘蓋菩薩)が祀られていた。右手には法輪を、左手には白い傘を持っている。傘は悪霊から守る働きをするという。
白傘蓋菩薩
壁には恐ろしい顔をした護法尊や、縦、横、斜めにどこから始めても読めるというクンサン コルロという壁画が描かれていた。
護法尊 クンサン
コルロ
シャンカール ゴンパから5分ほど車に乗り丘の上にあるシャンティ ストゥーパを訪れる。このストゥーパは1986年に日本山妙法寺によって造られたもので正面には釈迦如来の像が祀られている。ダライラマも2回来訪しているという。
シャンティ ストゥーパ 釈迦如来像
ストーパからの眺めは素晴らしく、ごつごつした岩山の間に緑に覆われたレーの町や、丘の上のスピトク ゴンパなどを一望できる。
スピトク ゴンパ遠景(拡大)
このあと来た道を引き返してレーに戻りさらに空港脇の道を通って、15分ほどでスピトク ゴンパに到着した。このゴンパは11世紀にラマ チョジギル オギによって建てられたラダックで最も長い歴史を持つチベット仏教ゲルク派の代表的な僧院である。現在80人の僧がいるが40人はインドのカルナタカ州にあるデプン寺へ学びに行っている。
スピトク ゴンパの門 集会堂
集会堂に入ると正面に釈迦像、その左にはチベット仏教の祖パドマ サンババ(グル リンポチェ)の像、右には冠をかぶり宝石を付けた菩薩形の釈迦如来の像(チョー シャカムニ)、その右には白ターラー菩薩の像や銀製の仏塔が祀られている。これらの像は1950年代にバクラリンポチェの命でチベットのギャンツェで造られた。
正面の仏壇
チョー シャカムニ パドマ
サンババ 仏塔
奥にあるお堂に入るとちょうど月1回行われるヤマーン タカ(大威徳明王)の法要のためにヤマーン タカの砂マンダラを作っている所であった。丸い台を4人の僧がとり囲み先をすぼめた紙の筒を軽く叩いて着色した砂を下絵の上に少しずつこぼしてマンダラを作っている。高度な精神の統一が必要らしく、少し描くと体を起こして休んでいる。根気をつめて1週間かけて作る砂曼荼羅も法要が終わると崩してインダス川に流してしまうという。
砂マンダラの制作 砂マンダラ(拡大)
さらに奥に進むと10m四方の小さなお堂があった。先代のバクラ
リンポチェの住居だった建物で、バクラ リンポチェが1957年にギャンツェで作らせた悟りの仏塔と長寿の仏塔という2つの銀の仏塔が並んでいる。その左側には新しく作られた16羅漢像とチベットから運ばれた古い仏像が並んでいる。右側にはナーランダ大学の僧院長だったアティーシャの像、白檀で造られたヤマーンタカの像、金剛サッタが祀られ、パンチェンラマ13世のタンカも懸けられている。
隣の建物はターラー堂で1957年にバクラ リンポチェがギャンツェの職人に作らせた21のターラー像が祀られている。屋上に登ると緑に覆われたスピトク村やインダス川の灰色の流れが手にとるように見えた。
スピトク村(拡大)
以上で今日の見学を終えてホテルに向かい17時20分に到着した。まだ外は明るいが、かなり頭痛がするので出歩かずに夕食の時間までベッドで休む。出発の5日ほど前に風邪をひいてしまい頭痛と吐き気に悩まされ、出発時には治っていたのだが、インドのホテルの冷房でぶり返してしまった。