インド旅行記
2日目 デリー滞在
(インド門、フマユーン廟、国立博物館、クラフト博物館、ラージカート観光)
今日はデリー市内の観光である。デリーは2ヶ月前に市内観光したばかりで訪問地もほとんど同じであるが、ガイドが変われば説明が変わるのでまた参加することにした。
よく眠れなかったので5時半に起き、洗濯をしたり、メモを整理したりして時間をつぶす。昨日部屋に入ったとき冷房が効きすぎていたのですぐスイッチを切ったのだが、廊下や周りの部屋が冷えているせいか暖かくならない。猛暑のインドでは寒く感じ入るほど冷房を聞かすのがサービルと思っているみたいだ。
朝食はビュッフェ式であった。最後にフルーツを食べようとフルーツ置き場に行くと南国のフルーツがたくさん置いてあったので少しずつとっていったが皿が一杯になってしまった。
フルーツ
9時にホテルを出発する。幸い明け方まで降っていた雨があがっていた。暑すぎず助かるが、バスの中の冷房がききすぎていて寒い。10分ほどでインド門に到着した。インド門は高さが42mあり、1921年にイギリスがフランスの凱旋門を真似をして建てた。この門は第1時大戦で亡くなった9万人のインド兵の慰霊碑で壁面には名前が彫られている。門の下では火が1921年から燃え続けている。インド門はムンバイにもあるがこちらはイギリスの王を向かえるために建てられたものである。
インド門 記念碑
インド門から100mくらい離れた場所にドームがある。以前はイギリスの王の勅語が刻まれた碑が収められていたが取り外されており、今後マハトマ・ガンジーの像を入れる計画になっている。
ドーム
次いで世界遺産に登録されているフユマーン廟に向かう。フマユーン廟はムガール帝国2代目の王フマユーンの墓で、フマユーンの妃ハージ・ベグムが亡き夫の思い出のためにヤムナー川のほとりに建設した廟である。
門をくぐると100mくらい先にまた白い門があり、この門の100mくらい先にも赤砂岩でできた3つ目の門がある。
2つ目の門 3つ目の門
3つ目の門をくぐるとようやく廟の前に出る。廟は2階建てで、フマユーン帝の棺は中央のドームの下の2階の部屋にあり、隣の部屋には妃や肉親、大臣の棺が置かれている。遺体はこれらの棺には入ってなく、棺の下の地下7mの場所に埋められている。
フマユーン廟
1階にはたくさんの部屋が並んでいるが、これらの部屋にも3つから5つの棺が収められていて、廟全体で79の棺がある。
1階の墓室
入り口の右手に戦死した陸軍将軍エルタマシと妻の廟がある。この後5代目の王が周りに3つの墓を作ったが未完成に終わっている。
廟の門
陸軍将軍の廟 棺
廟は赤砂岩で造られ、壁面には彫刻が施されている。このデザインは女性の服のデザインに使われている。屋根には中国風の庇がつけられている。これも薄い赤砂岩で造られている。
壁の彫刻 庇
次に国立博物館を訪れる。300ルピー払えば写真の撮影ができるが、なぜかビデオカメラの持ち込みは禁止されている。あまりに展示品が多いので1回や2回見ただけでは頭に入りきれないが、今回気づいた主なものを述べる。
黒い石の彫刻は7〜12世紀のガンダーラ仏、赤い石の彫刻は12世紀から15世紀のマトゥーラ彫刻だという。
ハラッパの遺跡の展示品の中に6つの足のついた素焼きの土棺が置かれていた。これは子供用の棺桶で、ヒンズー教では5歳以下の子供は火葬にしないが、当時からこの習慣があったことを示している。
親指の先から小指の先ほどの大きさの仏舎利がいくつか展示されていた。仏舎利は非常に多くの仏塔に収められているが、国立博物館の仏舎利は本物だという。
国立博物館の見学を終えた後、ラジーズというレストランへ行きインド料理を食べる。ラジーズとはおいしいという意味のウルドゥー語である。メニューはチキンと豆のカレー、タンドリーチキン、小さなシシカバブであった。カレーはひどく辛いと思っていたが、観光客向けに手加減してあると見えて全然辛くなかった。
レストラン 昼食
次にクラフト博物館を訪れる。内部の写真撮影は自由だが、この博物館もビデオカメラの持ち込みは禁止されている。
クラフト博物館
館内に入ると人や動物の木彫りが目に付いた。インド東部のオリッサ州で民家の中に置かれている魔除けだという。なかなか味のある芸術的な彫刻である。
オリッサ州の木彫り
このほかインド各州の工芸品、衣類が展示されていた。サリー作りの実演も行っていた。伝統的な方法では1着分織るのに1週間かかるが、最近はカードを使って3日でできるようになったという。サリーつくりにはノウハウがあるらしくここだけは写真の撮影が禁止されていた。サリーは全国で118種あり、バラナシ(ベナレス)でたくさん作られていて、バラナシで買うと安いという。
工芸品の一部
博物館の外で操り人形や陶器のペインティング、手書きの布絵の販売などが行われていた。これらを眺めているのもなかなか楽しい。
操り人形
壷のペインティング 布絵
博物館の前には最初のイスラムの王が建てたプラナキラ城の址が残っていいる。第2次世界大戦の際ここに2000人以上の日本人がイギリス軍によって抑留され、55度を超す猛暑や栄養不足から100人以上が亡くなっている。
プラナキラ城址
この後ガンジー記念館に行く。館内にはガンジーが暗殺されたとき着ていた血のついた布をはじめ、普段身に着けていた衣類や寝具、食器などが展示されていた。
ガンジー記念館
記念館を見た後近くにあるラージカートに行く。ここはガンジーが荼毘に付された場所で記念碑のそばに行くには裸足にならなければならない。気温は36度を超えているが、ガンジーは今でも人気が高く大勢の人が参拝していた。ラージカートの近くにはインドの大統領の墓などがあちこち造られている。
ラージカート 記念碑
以上で今日の観光は終わり、ホテルに戻る。厚さのせいカかなり疲れたので風呂に入って汗を流した後はベッドに横になって夕食の時間まで休み、夕食後はすぐ眠る。明日は早朝の便でレーに行くので2時半に起きなければならないのだ。