ポルトガル旅行記

7日目 エヴォラ、モンサラーシュ観光後ベージャへ

 今日は午前中エヴォラを訪れ、午後モンサラーシュに立ち寄った後、ベージャへ移動した。

ポルトガル旅行コース:エルヴァス〜エヴォラ〜モンサラーシュ〜ベージャ

 今日は頭痛と吐き気がひどいので朝食を抜きにし9時にホテルを出発する。頭痛でつらいのでバスの中では目をつぶって説明のあるときだけちょっと目を開く。このあたりは大理石の山地で民家の壁などにも大理石が用いられている。
 道路脇の空き地に移動遊園地があった。ヨーロッパでは移動遊園地に人気があり、このためヨーロッパのディズニーランドはなかなか黒字にならなかったという。 


移動遊園地

 10時10分エヴォラに到着、バスを降りて昼食の時間まで町の中を歩いて見物した。まずサン・フランシスコ教会に行く。正面入り口の上部にはジョアン1世を象徴するペリカン、マヌエル1世を象徴する天測儀とポルトガルの紋章の彫刻が飾られている。

 
サン・フランシスコ教会(拡大)         入り口の紋章(拡大)

 内部は大理石で造られ、18世紀に造られた主祭壇がある。


主祭壇(拡大)

 隣には人骨で作られた礼拝堂がある。16世紀に3人の修道士が墓地から持ってきた5000体の人骨を使って造ったもので修道士たちが瞑想するために用いられた。入り口には「ここに集まりし我ら骨どもは皆様のお越しをお待ちしています」と描かれている。奥の方の壁には大人と子供のミイラがぶら下がっている。親子とも生前悪人だったので土に受けられてもらえなくて骨になれなかったと言われている。

 次いでイスラムからエヴォラを解放に活躍したジラルドの像のあるジラルド広場に出る。ここには聖アンタオン教会がある。


ジラルド広場(拡大)

 10月5日通りを通って大聖堂に向かう。この通りにはたくさんの土産物屋が並んでいて陶器などが売られていた。

 
陶器

 大聖堂は12世紀から13世紀にかけて建造され、ロマネスクとゴシックの様式が入り混じっている。入り口に12使徒像があるがパウロとペトロ以外は同じ顔をしている。

 
大聖堂(拡大)            入り口の12使徒像(拡大)

 中には1584年に天正遣欧少年使節団の伊東マンショと千々石ミゲルが弾いて見事な腕前を披露したパイプオルガンが残っていた。このオルガンは今演奏できる最も古いオルガンの1つだという。

  
主祭壇(拡大)       パイプオルガン

 次にエヴォラ大学に向かう。途中ローマ時代の門や16世紀に建てられ今も人が住んでいる民家が見られた。

 
ローマ時代の門(拡大)            16世紀に建てられた民家

 エヴォラ大学はイエズス会によって1559年に創設されたもので天正少年使節団はここに滞在したと言われている。

 
エヴォラ大学校門           中庭(拡大)

 教室の壁には青いアズレージョが貼られている。部屋の中央に講義台があったが昔は黒板なしで講義していたのだろう。


教室

 廊下が交差する場所は広くなっていて4つの壁の下部には四季を表す女神のアズレージョが描かれている。

 
廊下           四季のアズレージョ(拡大)

 大学を通り抜けて坂道を下ると先程見学した大聖堂の裏に出て、さらに進むと1世紀に造られたローマ神殿の遺跡があった。柱の土台と柱頭がエストレモス産の大理石で造られコリント式の柱は花崗岩で造られている。ディアナ神殿と呼ばれているが本当の名はアウグストスに捧げられた神殿である。


ディアナ神殿(拡大)

 近くにはヴァスコ・ダ・ガマの家、元司教館だったエヴォラ博物館、16世紀以来の本が5万冊収められている図書館、今はポウサーダになっている旧ロイオス修道院がある。

 
ヴァスコ・ダ・ガマの家          旧ロイオス修道院

 昼食は新金福金楼で中華料理を食べる。ワンタンスープが出た後、5皿の炒め物、ライス、フルーツサラダが出た。喉が渇いていたのでお茶が飲み放題だったのはありがたかった。箸を出してもらったら、包み袋に箸の持ち方が絵入りで説明してあった。

 
中華レストラン            ワンタンスープ

 駐車場まで歩いていく途中16世紀の水道橋があった。日本と違い古いものは邪魔になっても大事に保存していることがうかがえる。


水道橋

 14時40分エヴォラを出発、1時間ほどでモンサラーシュに到着した。モンサラーシュはグアディアーナ川を望む332mの高台にあり、1167年アフォンソ・エンリケスによってイスラムから解放された。村の門をくぐると2つの通りがあり16、17世紀に建てられた白い石造りの家が並ぶ。この村では若い人たちが都会に出て行ってしまい過疎化が進んでいるという。

 
村の門       白い壁の家の通り(拡大)

 しばらく歩くとペロウリーニョのある広場に出た。ここには17世紀のアズレージョがあるサンタ・マリア教会と16世紀に造られたミゼルコルディア病院がある。

 
中央広場(拡大)           サンタ・マリア教会(拡大)

 さらに進むとディニス王によって13世紀に造られた城に出た。城壁の中は今は闘牛場になっている。

 
城門            闘牛場

 城からの眺めは素晴らしい。遠くにはダムを建設中で水量が増えたグアディアーナ川が見える。ダムが完成するとヨーロッパ1のダムになる。

 
モンサラーシュの村(拡大)        グアディアーナ川(拡大)

 16時30分モンサラーシュを出発、18時にベジャのポウサーダ・サン・フランシスコに到着した。このポウサーダはサン・フランシスコ修道院を改装して1994年にオープンしたものである。

 
ポウサーダ・サン・フランシスコ

 内部は広く、礼拝堂があったり、廊下の高い天井には当時のフレスコ画が残っていたりして修道院の雰囲気十分である。

 
廊下         天井画(拡大)

 夕食はポウサーダのレストランでとる。ピアノの生演奏つきのなかなか雰囲気の良いレストランである。一行の最年少者、娘盛りの直美さんもドレスアップしてきて目を楽しませてくれた。直美さんはロシア・ウクライナ・バルト3国の旅に行く前に私の旅行記を何度も読んでくれて参考になりましたと言われたのは嬉しかった。メニューはサラミ、エビなどの前菜、トマトと卵が入ったスープ、ラムのローストと野菜、ポテトでデザートはビュッフェであった。パンが非常においしかった。

 
レストラン(拡大)         夕食風景

8日目へ       日程表へ