ミャンマー旅行記

8日目 バガン観光

 ホテルのブッフェで早めの朝食をとり日の出を眺めに出かける。10分ほどでヤハンジーパゴダに到着した。このパゴダには団体の観光客が来ないのでゆっくり日の出を眺められる。着いたときはまだ真っ暗だったが、やがて空が薄明るくなりたくさんのパゴダが見えてきた。9世紀から12世紀にかけて5000ものパゴダが造られ今でも2200も残っている。バガンには大きな木が少ないが、パゴダを建てるときレンガを焼くために切ってしまったのだ。パゴダを建てるときには各村にレンガをいくつ出せと命じ、パゴダが完成した後はパゴダを維持する奴隷を出させた。奴隷たちはパゴダの周囲に畑を作り自給自足の生活を送っていた。

 東の空が曇っているので日の出を見られないかと思って帰りかけたころ朝日が上がった。肉眼ではよくわからないが望遠レンズで見ると遠くのほうにも重なるようにたくさんのパゴダが建っている。

 
日の出前(拡大)                 日の出

 熱気球が上がっていた。眼下にたくさんのパゴダを眺めながら日の出を眺めるのはさぞ気分が良いだろう。


熱気球

 このあとパゴダの中を見物する。中には2体の仏像が祀られ、壁の一部には仏像の絵が残っている。

 
仏像           壁画

 パゴダは砂岩とレンガを組み合わせて造られており、レンガは縦横に組み合わせて地震に強い構造になっている。

 
レンガと砂岩のアーチ           レンガの組み方

 町に戻るとき托鉢の僧の列に出あった。100m近い列で1歩1歩じつにゆっくりと歩いている。


托鉢の僧の列(拡大)

 この後ニャンウーの市場に行く。ヤシの根が置いてあったが焼いて食べるのだそうだ。松の皮もあったが燃えやすいので薪に火をつけるときに使うという。

 
ヤシの根          松の皮

 タケノコやマンゴーの漬物があった。マンゴーやタケノコを千切りにして漬けたもので、「秘密のミャンマー」によればミャンマーで最も美味いものの1つだという。白米と黒米の餅があった。日本では黒米は貴重なので食べてみたかったがこれ以上肥りたくないので諦めた。

 
マンゴーの漬物         白米と黒米の餅

 ヤシの樹液から作った砂糖があった。食べてみるとほんのりと甘い。朝採れる樹液は砂糖になり、午後に採れる樹液は酒になるという。タナカもたくさん並んでいた。バガンのタナカは質がよいのでお土産用としてミャンマー人によく売れるという。

  
ヤシの樹液から作った砂糖                タナカ            タナカを塗った娘さん

 ついでシュエスィーゴンパゴダを訪れる。この寺院はアノーヤタ王とチャンスィッター王によって建てられ、パゴダの中には釈迦の歯が収められている。パゴダの4隅を頭が1つで体が2つの獅子が守っている。

 
シュエスィーゴンパゴダ(拡大)        頭が1つで体が2つの獅子

 パゴダの左側には仏像を祀ったお堂があり壁画には釈迦の一生などが描かれている。

 
仏像を祀ったお堂         壁画

 このお堂の裏手には寝釈迦像が祀られている。


寝釈迦像

 その近くには菩提樹の木がある。枝を支える竹がつけられているが厄払いのためにつけてあるという。よくガジュマルのことを菩提樹だというがガジュマルと菩提樹は異なり菩提樹は気根を出さない。葉も先が長く伸びている。

 
菩提樹              菩提樹の葉

 1000人を殺そうと計画したイングリマラという男が999人を殺して殺した人の指を首飾りにしてかけていた。1000人目にお釈迦様に会い殺そうとするがどうしても殺せず、お経を教えられて改心してアラカンになったという。悪人でも改心して教えを守っていけば高い世界に行くことができることの例とされている。


イングリマラの像

 境内には供物を供え熱心に祈る人や無邪気に話をしている少年僧の姿も見られる。

 
供物を捧げる人           少年僧

 次に南隣にあるチャンスィッター窟院を見に行く。アノーヤタ王の造ったレンガ造りの建物で中には数本の通路があり、壁を懐中電灯で照らすと漆喰に描かれた壁画が次々と現れてくる。モンゴル軍に攻められたきビルマ人が洞窟内に住んだので煤けて柄がなくなったのでモンゴル人が描き直したと言われる。


チャンスィッター窟院

 次にグーピャウッヂー寺院に行く。このパゴダは11世紀にチャンスィッター王の息子ヤザクマラが父の死後に追悼のために建てたパゴダで、中心部には四方を向いた4体の仏像が祀られている。このパゴダには素晴らしい壁画がたくさんあるが入り口に近い壁の部分は1899年にドイツ人によて剥ぎ取られてしまっている。今でも壁の上部の壁画にはカッターで切った深い傷が残っている。
 屋上に登ると周囲にヤシの林が広がりなかなか良い眺めである。 

 
グーピャウッヂー寺院(拡大)            屋上からの眺め

 このあとはティーローミンロー寺院を訪れる。この寺院は1215年にバガン王朝5代目のナダウンミャ王が5人の兄弟の中から末子の自分が王になれたことを感謝して建てた。砂岩とレンガを組み合わせて造ってある。

 
ティーローミンロー寺院(拡大)          外壁の砂岩とレンガ

 境内には壁画を描いた絵などを並べてたどたどしい日本語で「私が描きました」と言って売っている。記念に1枚買ってみようと値段を聞くと20ドルと言うので10ドルと言ったら18ドルに下げてきた。しかし、さらに10ドルと言うと16ドルと段々下げてきたが最後まで10ドルで押し通したら10ドルで買うことができた。しかし後で考えてみると高い買い物だった。

 
お土産屋         絵を描く人

 次いでアーナンダ寺院に向かう。寺院の手前に陶器市が立っていた。小さなものから大きなものまで並んでいるが、高さ80cmくらいの大甕が3000チャット(350円)というので驚いた。

 
陶器市               大甕

 アーナンダ寺院はバガン第1の寺で1090年チャンスィッター王によって建てられた。本堂は1編53mの正方形になっており中には2重の回廊がついている。


アーナンダ寺院(拡大)

 中心部には東西南北を向いた4つの立像がある。高さが9.5mあり、立像の手前にはナツ神の像が立っている。

 
立像(拡大)          ナツ神

 西側の像の前には大きな仏足石が置いてある。寺院の壁には仏像が描かれていたが、一時期人が住んで煤で汚れたため漆喰で塗られてしまった。漆喰を剥がしたところがあるが見事な仏画が現れている。

 
仏足石                漆喰の下の仏画

 寺院の外壁にはモン時代のレリーフが残っていてレリーフの下にはモン字が書かれている。


モン時代のレリーフ

 アーナンダ寺院の近くに壁画の描かれた建物がある。敦煌の壁画を思わせる素晴らしい壁画で、写真の撮影が禁止されているのが残念だ。


壁画のある建物

 一旦ホテルに戻って休憩した後エーヤワディ川のほとりのリバービューというレストランに行き昼食をとる。ヤンゴンのグリーンエレファントと同じ経営なので味がなかなか良い。

 
エーヤワディ川の眺め                料理

 食後漆工房を訪れる。若い職人が大勢いて漆を塗ったり塗った漆を削ったり金箔を張ったりしていた。

 
漆職人              乾燥庫

 竹の皮で編んだ茶碗を作っていた。薄く削った竹を馬の毛で巻いて茶碗の形を作り漆で固めたもので薄いので押すと凹むが熱の伝わりが悪いので熱くはならない。お土産に買ったら2つで4ドルであった。

 
製造過程               完成品

 次にマヌーハ寺院を訪れる。この寺院はアノエタ王との戦争に敗れて幽閉されていたモン族のマヌーハ王が、持っていた高価な指輪を売って建てたものである。お堂の中には3体の仏像が祀られているがどれも壁ぎりぎりの大きさになっていて狭苦しい感じだ。マヌーハ王が自分の立場を訴えるためにわざと狭苦しくしたのだ。これらの仏像は胸がぶ厚く腰が小さく耳たぶが肩についていない。このような形がバガンの仏像の特徴だという。

 
中央の仏像         右側の仏像

 近くに寝釈迦の像がある。この建物も像がぎりぎりに納まる狭苦しい造りになっている。


寝釈迦像の頭

 境内の店に雀の巣がぶら下がっていた。糸瓜を思わせる表面で入り口が下向きに付いている。膨らみが2つある巣もあったが2組の雀が使うのだろうか。


雀の巣

 次にナンパヤー寺院を訪れる。元々はヒンズー教の寺院で内部はレンガ外壁は砂岩で造られている。外壁には細かい彫刻があリ、内部には壁画が薄く残っている。


ナンパヤー寺院(拡大)

 このあとミャズィーティ寺院を訪れる。この寺院は王にならなかったヤザクマラが親のために純金の仏像を奉納したことを知らせるために建てたもので、母親がモン族だったためモン族と仲良くしていくために碑文を作った。この碑文にはパーリー語、ミャンマー語、モン語、ピュー語の4つの言葉が刻まれている。この碑文がミャンマーの歴史の始めとされる。
 内部には壁画があったがドイツ人に盗まれ、1箇所だけ残っていて釈迦の一生などが描かれている。仏像があるが新しく作られたものである。

 
ミャズィーティ寺院        石碑

 次に博物館に入る。ロビーには戦争に勝った4人の英雄の像が飾られている。中には11世紀から12世紀の砂岩や青銅の像が多数展示されている。


博物館

 このあと馬車に乗って近くにあるタウンビー村に行く。


馬車からの眺め

 農家の前で馬車を降りて牛車に乗り換え村の中を1周する。大きな牛2頭でひいているがスピードは歩く速さと変らない。車輪にバネがついていないので遅いのに振動がかなりひどく乗り心地は良くない。道に沿ってたくさんのパゴダが建っているがどれも修復されていて原型を保っていない。見た目にはきれいだが、始めの形がわからないのだし当時のレンガを再現する技術もないのだからやたらと修復しない方が良いように思える。

 
農民の家          牛車

 ホテルに戻って休んだ後、夕食の時間までホテルの周りを散歩する。ホテルの門を出て100mほど左に歩くとタラバ門がある。門の両側には王様に火あぶりにされて死んだマウンティエンテーという力の強い鍛冶屋と妹の像が祀られている。ミャンマーにはこのような非業の死を遂げた37人が神として祀られ、守り神になっている。

  
タラバ門           マウンティエンテー          妹

 門の脇にはお堀の跡が残っている。 


堀の跡

 門そばに金物市が立っていた。中を歩いてゆくとアーナンダ寺院の前に出た。このあたりには衣類や野菜などの店がたくさん並んでいる。今週はアーナンダ寺院のお祭があって市が立っているのだ。お祭はいろいろの寺院で順繰りに行われそれにあわせて市が移っていくのである。

 
金物市          アーナンダ寺院

 このあと昼食をとったリバービューの隣のレストランに行き夕食をとる。舞台で民族音楽の演奏が行われていたが、女性の歌手は終始座ったままであった。

 
野外レストラン          民族音楽

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