ミャンマー旅行記
5日目 ナガ新年祭と近郊の村ハイキング
今日も朝食後町の中を散歩する。道の下に水場があり女の人や子供が水を運んでいる。水道のないこの町では水運びは大事な日課である。
水場 水運び
町の中でも民家は田舎と同じで編んだ竹の壁と藁葺き屋根の高床式の家である。畑があったが水が少ないので穴を開けて植え、そこだけ水をやっている。
民家 畑
9時から新年祭が始まった。しかし、広場で円く踊るだけでこれまでの踊りと変わりなく、少々期待はずれであった。
新年祭の踊り
踊りの輪を見ていると老人が話し掛けてきた。サ−ランさんという76歳の方で太平洋戦争の末期に妹と結婚したコキチューンという人が日本兵に連れて行かれ消息不明になっているのでわからないかと聞いてきたのだ。日本人だというので藁にもすがる気持ちで頼んできたのだろうが私の力ではどうなるものでもない。戦後60年近くにたってもまだ戦争の傷は残っている。
サーランさん
踊りの輪を撮っても面白くないので、出を待つ人や見物に来た人の写真を撮る。
出を待つ人
見物にきた人
昼食後少し離れた場所にあるイエラ村までハイキングをする。細い山道を歩いていると村の夫婦に追いついた。男の人は赤ちゃんを背負っている。ナガでは赤ちゃんを背負った男をよく見かける。元首狩り族といっても心は優しいのだ。
山道 村の夫婦
50分ほど歩くとイエラ村に到着した。30世帯ほどの小さな村だがちゃんと学校やお寺があった。
イエラ村
家はほかの村と変らず竹を編んだ壁と藁葺き屋根の家で軒下には西瓜などの果物が置いてあった。
中に入れてもらうと家の中心に囲炉裏があり周りには穀類が甕に入れて蓄えられていた。
囲炉裏 食料
レストハウスに戻る途中薪を運んでいるナガ族の青年とすれ違った。1人は裸であったが日ごろ裸で生活している人にはシャツなどは邪魔なのだろう。
焚き木を運ぶナガ族の青年
町はずれの山にパゴダが立っていたので登ってみる。しかし町の中心から離れているのであまり眺めは良くなかった。
パゴダからの眺め
夕食後焚き火のもとで踊りが始まった。
焚き火(拡大)
踊りはこれまでと同じであるが最後の機会になるので夢中になってシャッターを切った。
終わりごろにタンクールナガ族の踊りがあった。タンクールナガ族は実に写真的だ。
タンクールナガ族の踊り(拡大)
途中でファッションショーが行われた。素人モデルであったがしずしずとした恥ずかしげな動きが趣があった。