広西チワン族自治州旅行記

7日目 肇興を経て三江へ

 今日で現地ガイドの熊さんとお別れである。荷物車のドライバーもお別れの挨拶に来た。驚いたことに昨夜23時にホテルにたどり着いたのだという。冷風の吹きつける中でフロントガラスがふっとび、腹をこするハンドルを握って暗いどろんこ道を走ってくるのはどんなに大変だったことだろう。

 8時ホテル発、肇興へ向かう。車の屋根に霜が降り、田んぼには氷がはっている。風邪で寒気がするので、懐炉を貼り、セーターの下にジャージを着こんだがそれでも寒い。15分ほど走ったところのレストランで朝食をとる。食後バスが出るまで周りを歩いたら、近くにお茶屋さんがあり、苦丁茶が置いてあった。値段は8元(120円)で凱里のホテルの値段の4分の1以下だ。郭さんが体に良いと言っていたので2袋買う。

 山道を走り10時50分、屯洞という小さな村のそばで停車する。この村には4角形で13層の鼓楼がある。写真を撮ろうとぬかるんだ細い坂道を恐る恐る下りていたら、5、6歳の子供たちが平気でそばを駆け下りていった。生まれた時からこういう所に住んでいるとバランス感覚が良くなり滑りやすい坂道などなんでもなくなるのだろう。この村あたりからレンガやコンクリート造りの家が増えてくる。木造と同程度の費用で建てられ火事に強いので最近はコンクリート造りの住宅が増えているという。


四角形で13層の鼓楼(拡大)

 周りの山には松が多いが、椿もたくさんある。椿の油は食用にするほか、女性が髷を結うときに使われている。かっての日本と同じだ。道端に「封」と書いた看板があるのでどういう意味か郭さんに聞いたら伐採禁止の表示だそうだ。中国では食糧増産のために木を切って山の上まで畑にしてきたが、最近は土壌の流失を抑えるため植林を奨励しているという。

 屯洞村を発ってしばらく走ると、水牛が道いっぱいに広がって歩いていて、雄牛同士が角を突き合わせている。牛追いの男たちが、引き離したがまた始める。闘牛はこういう雄牛の性質から始まったのだろう。


水牛の行進

 ちょうど12時、肇興に到着した。村に入り口には門があり、その先には道幅の広いメインストリートが続いている。

 
肇興村の門           メインストリート(拡大) 

この村には5つの鼓楼がある。5という数は「仁、義、礼、智、信」に由来しているという。鼓楼は複雑な形状をしているが釘を1本も使わずに建てられているのは驚きである。鼓楼の屋根は彩色され、竜の絵や村人の生活風景が描かれているが、私の感覚では木の地のままの方が良い気がする。

 
鼓楼(拡大)          鼓楼の屋根の絵(拡大)

 食事の準備ができるまで村の中を散策する。村の中を清流が流れていて、ここで女たちが洗濯したり、子供たちが遊んでいたりしている。


 村の中を流れる川

 周りの家の軒下では藍染めの布を木槌で叩いていたり、表通りでは籾を広げて乾燥したりしている光景に出会ったが働いているのは女性ばかりである。

 
藍染めの布を叩く女性          モミを広げる女性

 レストランに戻る途中、おばあさんに声をかけられた。キセルとキザミ煙草入れのセットを40元で買わないかと言う。見ると相当使い込んでいるので亡くなったおじいさんが使ったものであろう。20元と言ってみたら即座にOKとなったので買う。レストランの前にもお土産やさんがたくさん出ていて昨日買ったのと同じ前掛けなどが並べられている。値切ってみたが柄の粗いもので20元、細かいもので40元で、40元のものは凱里で500元で買ったものよりも良い。熊さんの言葉を信用して凱里で買ったのであるが、誠実そうに見えても買い物のことになるとガイドの言うことは信用できない。

 昼食は火鍋であったが、こんにゃく料理が出た。遠く離れたこの地で日本と同じ食材が多いのは、日本人の祖先がこちらから渡ってきているからだろうか。竹の籠のお櫃に入れたもち米のご飯がおいしかった。この籠はお弁当入れにも使われている。


竹のお櫃

 食後も1時間ほど村の写真を撮りながら歩いていると晴れ着を着た娘さんたちが歩いてきたので写真を撮らせてもらう。トン族の晴れ着はミャオ族に比べて刺繍や銀飾りが少ない。藍染めの布に艶があるが、玉子を使って艶を出しているそうだ。


トン族の娘さん

 新築工事の現場に出会った。一般の民家でもトン族は釘を使わずに建てている。それに足場も作らない。今の日本の木造住宅は柱だけだとぐらぐらであるが、トン族の家はカスガイなしでもびくともしない。それに柱の穴に木を差し込むだけできちんと直角が出ているのは驚きである。

  
新築工事            接合前          接合後

 14時30分、出発、三江へ向かう。朝のうちはひどく寒かったが晴れてきてぽかぽかの陽気になる。道の両側には見事な棚田が広がっている。車を停めてもらい写真を撮る。このような棚田を造るのは大変な労力がかかるが、造った後も高いところまで急坂を上り下りしなければならないので農作業は大変である。農家の苦労がしのばれる。


棚田(拡大

 16時、地坪という村で車を停める。ここには貴州省で最も長い全長48mの風雨橋がある。橋桁の上には橋亭と呼ばれる多層の屋根を持つお堂が建ち、お堂の間は屋根でつながっている。橋亭があるため橋とは思えないような立派な見栄えである。このような橋を設計図もなく足場も作らずに建ててしまうのはまさに神業だ。


地坪の風雨橋(拡大)

 ここを過ぎて20分ほど走ると広西チワン自治区に入り都柳江に沿って走り続ける。18時10分神和橋で停車し写真を撮る。この橋はコンクリートの土台の上に建っているので本来の風雨橋ではない。長持ちさせるためにコンクリートの土台を造ったのならよいが、伝統的な技術を失ってしまったのではないかと気にかかる。


神和橋

 18時50分、三江着、ホテルの程陽橋賓館は5階建てでエレベーターはないがエアコンはついている。町の中では最も良いホテルというが、トイレは中国式で風呂はなく、トイレの上にシャワーがついているだけである。私にとってはこの程度でも十分であるが、今回のツアーでは最も設備の良くないホテルであった。夕食はホテルのレストランで食べたが、また火鍋で鶏肉山芋が入っていてなかなかおいしかった。籠に入れたレタスが切ってなかったが、こちらでは野菜を切るとけちと言われてしまうそうだ。


シャワー兼用トイレ

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