貴州省旅行記

6日目 榕江から中宝村をへて黎平へ

 朝食前にホテルの周辺を散策する。真暗なうちに村を出たのだろうか野菜などを天秤棒で担いだ人たちが続々とやってくる。ホテルの近くに肉市場があり、皆せっせと刀で叩いて骨から肉をはがしている。くわえタバコで犬を解体している肉屋さんもいたが、何べん見てもショックだ。

   
野菜を運んできた村人             朝の肉市場               犬肉屋

 朝起きたときウエストを測ってみたらわずか5日間で2cm以上も増えいた。もう食事を控えなければと思っていたが、いざ目の前にご馳走が並ぶと食欲を抑えられなくなる。今朝も、米線(米のうどん)、肉饅頭、餃子、ゆで卵を食べて満腹して引き上げようとしたら、黒米のお粥が出てきた。食べ過ぎとだわかっていても、珍しいので2杯も食べてしまった。


黒米の粥

 9時ホテルを出発、中宝村に向かう。この村にはトン族が住んでいて明の時代から交易をしていたので建築の技術を失ってしまったのか鼓楼や風雨橋はない。しかし、言葉や衣装はトン族の伝統を受け継いでいる。トン族の服はミャオ族の服と比べるとじみで、晴れ着も刺繍や銀飾りが少ないという。

 9時20分中宝村に到着した。村の周りは菜の花畑で大変美しい。村の入り口には門がある。その前を荷台に4人も乗せた3輪自転車が通り過ぎた。普通の女性が平気な顔をしてこいでいたのには驚いた。


中宝村の菜の花畑
 
村の入り口           3輪自転車をこぐ主婦

 村の中に入りあちこち歩き回る。女性は皆藍染めの木綿の服を着ている。民家の壁には青菜が干されている。漬物にして食べるのだそうで野沢菜の元祖だ。小さな子供たちが遊んでいたが、皆明るく元気だ。ちょうど豚を売っているところに出会わせた。100元札が2枚と50元札がちらっと見えたが、大事に育ててもこの程度の値段にしかならないのだろう。明日には肉が市場に並んでいるのだろうが、豚は気づいていないらしくおとなしくしていた。

 かって地主だったという家があり中を見せてもらう。清の時代に建てられたレンガ建ての家で部屋が24もあるが、文化大革命の際に破壊され壁画や扉は残っていない。ここに6家族が住んでいるが生活は楽でない様子だ。6代目の当主がいて、後でこの村は貧しいと郭さんに訴えていたことを聞いた。

 村のそばには榕江が流れている。榕江という名のように岸にはガジュマルの大木がたくさん生えている。引き上げようとすると地元の人が藍染めの服を売りにきた。100元と言っていたが身振り手振りで値下げの交渉をしたら75元(1100円)で買うことができた。機織用の舟も売りに来たので買った。20元(300円)だったが、使い込んでつるつるしていて良い記念になる。

  
藍染めの服をきた主婦           民家の玄関             元気な子供
    
豚の仲買人            6代目の旧地主         榕江とガジュマル  

 ホテルに戻り昼食をとる。黒米の酒を買ってきた方がいて飲ませてもらったが、甘口で飲みやすかった。しかし成分を見ると砂糖が書いてあったのにはがっかりした。


黒米の酒

 12時50分発、榕江を渡り、段々畑の続く山の中の道を走る。菜の花があちこち咲いていて美しい。このあたりは暖かいので凱里よりも2ヶ月も早く収穫できるそうである。14時40分、モウ貢村で停車し風雨橋を眺める。20年前に造られた風雨橋というが、土台がコンクリートで期待はずれだった。

 
風雨橋            屋根の飾り

 14時55分、山道のカーブを過ぎると前方で2台の車が向き合って止まっている。なんと私たちのスーツケースを運んでいる荷物車が、ぬかるんだ道のカーブを曲がり切れず路線バスと正面衝突してしまったのだ。フロントの部分がへこみ、ハンドルに挟まれてドライバーは身動きできないでいる。幸い傷は浅いようで元気である。バスにバックしてもらい、皆でフロントを引っ張って挟まれたドライバーを引き出したが、外に出てからタバコを吸ったのでほっとした。


事故を起こした荷物車

 事故車は警察の現場検証が済むまで動かせない。道が狭いので我々のマイクロバスも前に進めない。そこで反対方向からきた路線バスにUターンてもらい近くにある村まで運んでもらった。村の入り口には風雨橋があり、中に入って行くと鼓楼があった。清の時代に造られたというが、上部は8角、中間は6角、下部は4角という複雑な構造をしている。鼓楼の内部には内側に4本の柱、外側に12本の柱があるが、それぞれ四季と月を表わしているとのことである。中では男たちが焚き火を囲んで話しをしていたが、私たちを見ると席を譲ってくれた。気温が2度で風が強く、風邪を引いている私にはひどくこたえていたので、ありがたかった。 

 
風雨橋                 鼓楼 

この村は高進村といい、人口530人で村人は皆兄弟だと言っている。彼らは共通の先祖を持っていて、同じ姓をしている。確かに男たちの顔を見ると皆良く似ている。兄弟同士は結婚できないので、違う姓の村から相手を探すという。


焚き火にあたる村人

 ガイドの郭さんが交渉して村長の家に入れてもらうことになった。村長の家といっても質素な造りで、先祖を祀る祭壇といっても板壁の前に棚を吊ってあるだけだし、客間の壁には新聞紙が貼ってある。村長にしてこのような状態であるから、「人に3分の金もなし」という言葉は今でも生きている。炭火に当たらせて貰い、餅と焼き芋をご馳走になる。体が冷え切っていたのでありがたかった。
 

 
祭壇                    お餅

 村長の家族が藍染めの服を買わないかと持ってきた。値段を聞くと100元だという。先ほど75元で買った藍染めの服は新品だが刺繍がない。こんどのは中古だが、トン族の吉祥印の丸い模様の刺繍がたくさんついている。100元でも悪くないが値切ってみたら80元で買えた。私が買ったのを見て、別の人が刺繍の入った布を持ってきた。これは同行の方が買われたが、私も欲しくなったのでもっとないかと手振りで伝えると、おばあさんが若い頃使ったと思われる擦り切れた前掛けなどを持ってきた。30元だと言うがよく見ると中央の刺繍をした部分は傷んでなく、一昨日ホテルで500元で買った前掛けと大した違いはない。本当にこんな値段で良いのかと思ったが、裏に30元の値札がついているので間違えているわけではない。
 これが相場だとすると昨日はとんでもない値段で買わされたことになる。中国のホテルの売店は高いとわかっていながら、またまた失敗をしてしまった。とにかく2枚を50元で買い、ほかに刺繍のたくさん入った藍染めの服を100元で買い、持ちきれなくなったので止めにした。買っても後で整理するのに困るだけなのに、見ると欲しくなってしまうのは悪い癖だ。

 バスがなかなか来なくて退屈になったので表通りに出てウォーキングの練習をしていると、郭さんから挑戦された。問題にならないだろうと気軽に受けたが、いざスタートするといい勝負なのでびっくりした。聞いてみると学生時代は競歩の選手だったという。速いわけだ。郭さんは太っているので最後はこちらが勝ったが、走っていると言われてしまった。膝が曲がっていると歩いているつもりでも走っているように見えてしまう。膝曲がりの癖を早く直したいが長年の癖はなかなか直らない。

 18時10分ようやくバスが来て、19時30分、黎平の林業賓館に到着した。遅くなったので部屋に入らずに先にレストランに行って夕食をとったが、鍋物で、豆腐がおいしかった。


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