広州旅行記

11日目広州へ移動、市内観光

 7時半ホテル発、30分ほどで空港に到着し、中国南方航空cz3308便に乗り込む。9時、定刻より10分早く離陸、1時間足らずのフライトで広州白雲空港に着陸した。現地ガイドの李さんに再会し、レストランに向かう。広州料理は材料の新鮮さが重要で鳥や魚は生きたものを目の前でさばいてもらい、血だらけの手で持ち帰るのだそうだ。広州料理はスープを大事にしスープの作り方が下手だと嫁に行けないという。材料には鶏、豚、牛、魚と季節の漢方の薬草を用い、土鍋で煮込んだ後で弱火に2時間もかけるのだそうだ。食材には蛇、亀、すっぽんなど何でも使い、犬肉は寒いときに食べる。このわけは寒いと汗をかかないので栄養分が逃げないと考えているからである。広州料理の味はあっさりしていて、色がきれいで香りが良く、香辛料はきつくないという。

 レストランは大きな池に面していて、70年の歴史があり、滝の流れる庭があった。11品もの料理が出たが、味は甘口でスープにはトーモロコシと冬瓜が入っていて上品な味であった。食後レストランの中を歩いてみる。魚を入れた水槽、鶏やアヒルのほかウサギや鳩が入った檻、5歩蛇などという噛まれたらその場で死んでしまいそうな毒蛇などいろいろの蛇の入った籠などが並んでいた。これらは注文があるとその場でさばいて料理にするのだ。


レストラン

 食後、中山記念堂に向かう。中山とは孫文のことで、孫文が日本に亡命するとき身分を隠すため中国にはない中山という姓を用いたためである。中国人は孫文と言ってもわからないという。中山祈念堂は1929年から3年かけて建設された。中洋折衷の構造になっていて、外観は清の皇帝の帽子をかたどり、屋根は3階になっている。3階の屋根は皇帝しか許されていなかったというが、このような屋根をつけたのは孫文が皇帝以上に尊敬されていたことの表れだという。記念堂の前には高さ5mの銅像が建っている。孫文が53歳のときの姿だという。記念堂の入り口には「天下為公」と書かれた額がかかっている。これは「権力は公のためにある」という孫文の考えを表したものである。


中山記念堂

  内部は4729席もある大きなホールになっていて、面積は2000平方メートル、天井の高さは47メートルもある。このホールの特徴は、反響が少ないこと、柱がないこと、そして上部に鉄筋コンクリートを使っていることである。天井の部分は自然光を利用したやわらかい間接照明になっている。出口は12ヶ所ありスムーズに出入りできる。このホールでは時々音楽会などが開催されるが入場料は平均600元(9000円)、もっとも安い席でも200元(3000円)というから中国の物価を考えるときわめて高額である。それにしても、70年も前にこのようなホールが作られていたということは驚きである。設計者の呂顔直は着工後半年に30歳の若さで亡くなってしまったというが、設計のために全精力を使い果たしてしまったのだろう。惜しいことである。


ホール

 次に越秀公園に向かう。ここには広州のシンボル五羊の像がある。2500年前、川で魚を採って生活していた人たちが急に魚が採れなくなって困っていると、天上から5人の仙人が稲穂を持って下りてきて稲の作り方を教えたと言う。仙人が帰った後、連れていた5匹の羊は石になって残ったという。この故事から広州には羊城、または稲城という別名がある。五羊の像は1957年に130個の大理石を使って作られた。


五羊の碑

 次に公園内の博物館に向かう。この博物館は明の時代に建てられ、600年の歴史があるという。2階には2000年前の牛の像が置いてあった。この像からこの地では2000年前に牛を使って耕し、ミルクや肉を利用していたことがわかるという。たくさんのつながった壷が展示されていたが、調味料入れだという。中央の小さな壷は胡椒入れで2000年前にはすでに肉の臭みを取るために使っていたという。貢物だったという象牙細工があったが1つの玉の中に24個の玉が入っているという。旧型の大砲も置いてあった。前々からこの大砲の射程距離がどのくらいあるかと気になっていたが、長さ80cmくらいの小型のもで50mから60m、長さ1.5mくらいの大型のもので200mから300mしか届かないという。

 
博物館            牛の焼き物
 
調味料入れ             象牙の玉

 15時東方賓館に到着した。このホテルは5つ星で1978年に国によって建設された。泊まった部屋は今回のツアーで初めてのシングルの部屋であったが、十分に広く窮屈さを感じなかった。ジムがあるというので行ってみたが、がたのきた家庭用の有酸素運動系のマシンがおいてあるだけだった。中国のホテルのジムはどこもお粗末だ。


東方賓館

 18時ホテルを出て100年の歴史があるという北イン酒家に行く。途中ウェディングドレスを着た花嫁さんがレストランの入り口に立っている姿を何度か見たが、このレストランでも披露宴が行われていた。10人座ったテーブルが23も並んでいるから大変な出席者だ。ほとんどの人がジャンパーなどの平服を着ていたが、若い人には背広すら手が届かないのだろうか。


披露宴

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