シルクロード旅行記
11日目 蘭州から固原へ
今日は炳霊寺石窟を観光してから固原までバスで移動するので6時にホテルを出発した。途中崖崩れがあったので未舗装の迂回路を通り通常なら40分で着くところを1時間50分もかかり7時50分に劉家峡ダムに到着した。劉家峡ダムは高さ147m、長さ840mの堰堤を持ち発電、洪水防止、灌漑、魚類養殖など多目的に使われている。手元の高度計では水面の高さは1650mある。ここからヤマハのV6 150エンジンを2台積んだ高速艇に乗って炳霊寺石窟へ向かう。
劉家峡ダム 高速艇
離岸後45分で炳霊寺石窟近くの船着場に到着した。52kmの距離を45分で来たのだから平均時速は70km/hになり40ノット近い猛スピードである。こんなスピードでは暗くなってはとても運転できない。昨日予定を変更したのは正解だった。船着場の周りはカルスト地形で桂林を思わせる岩山が連なっていてなかなか眺めが良い。
カルスト地形
船着場から谷川沿いに岩山の間を歩き、10分ほどで石窟の入り口に到着した。中に入るときカメラの持ち込み料として100元(1300円)をとられたが領収書を出さないので管理人のポケットマネーになるのだろう。写真集を売っていたので買ったが32ぺージしかない薄い本が2冊で160元(2100円)と高い。3日後麦積山石窟で同じシリーズの本を買ったら1冊50元だったからかなり儲けている。
道からの眺め
炳霊寺石窟は西秦時代の420年に開かれ、全部で194窟あり3分の2が唐の時代に造られている。石窟は絶壁の中腹に掘られている。石窟の前には遊歩道ができていて近くから仏像を眺めることができる。
石窟群(拡大)
31号窟は唐の時代に造られた石窟で、中心に釈迦、脇に弟子、両端に菩薩が彫られている。。
31号窟
64号窟は盛唐時代に造られ左から勢至る菩薩、阿弥陀如来、観音菩薩が刻まれている。両側の菩薩はS字形に体を曲げて女性の柔らかさが出ている。顔は唐の時代の特徴であるふくよかな顔をしていて特に左側の菩薩の顔は素晴らしくまるで血が通っているように見える。この石窟の芸術性の高さは炳霊寺一と言われている。
64号窟
70号窟は明の時代に造られたチベット仏教の千手観音の像が祀られている。
70号窟
125号窟は北魏時代に造られ釈迦多宝併座法図が彫られている。袈裟を3枚重ねて着ており、体はほっそりしていて北魏晩期の美人を表している。
125号窟
舎利塔はインドと中国の様式で穴の中に舎利を収めレンガで蓋をしてあった。
舎利塔
171号窟は則天武后が民衆の不満を押えるために造った弥勒菩薩の磨崖仏で高さは27.5mある。この上に西秦時代に造られた169窟や172窟があり素晴らしい塑像や壁画があるが拝観料が300元(4000円)かかり、遠いが下からでも見られるので割愛した。
磨崖仏(拡大) 172号窟
最後に16号窟を訪れる。ここには北魏時代に造られた長さ8.6mの涅槃仏の像がある。安らかな子供のような顔をしていて見ていると心が落ち着く。この像は川の水位が上昇するので3年前に日中共同で対岸に移されたものである。
涅槃仏
来た道を引き返しダムサイトにあるレストランで昼食をとる。温室のような建物でたくさんの植物が植えられていてなかなか雰囲気がよい。ここでも牛肉麺が出た。地元の人が食べる味付けなのでかなり辛かったが、昨日市内のレストランで食べたものよりもおいしかった。
レストラン 牛肉麺
食後飛天大酒店に戻りバスを乗り換えて一路古原を目指す。途中道の両側には段々畑が延々と続いている。以前雲南省の元陽に行ったとき棚田の規模に驚いたが、ここの段々畑は数十kmにわたって続いているのだからさらに凄い。
段々畑
途中六盤山のトンネルを越える。高度計は2310mを示している。この後道が悪くなりのろのろ運転になるが20時ちょうどに固原の電力賓館に到着した。2星のホテルだがエレバーターやシャワーがあり3星ホテルのレベルは十分にある。