イラン旅行記
8日目 パサルカダエ、沈黙の塔観光
今日はキュロス王の宮殿のあるパサルカダエを観光してからヤズドに移動しゾロアスター教の鳥葬場「沈黙の塔」を見物する。7時ホテル発、畑と松林の続く中を走る。1時間ほど走ると右手に昨日見たペルセポリスが見えてきた。遠くから眺めるとまるで工場のように見える。
ペルセポリス
さらに30分ほど走ったところの茶店で停まり、食べ物を買い込む。ビスタチオが1kg10,000リアル(約150円)だから安い。
茶店
9時45分キュロス王の墓の前に出た。キュロス王は人類の歴史上最も偉大な王として多くの王から尊敬されてきた。東北イランの戦いで戦死し遺体がここに運ばれてきた。墓はユニークな構造をしていてジグラットの形をした5段の石段の上に切妻型の屋根の家が乗っている。ドアーと屋根の間にキュロスと王妃の遺体が収められていた。アレキサンダー大王はキュロスを尊敬していたのでこの地を征服したとき墓を荒らしてはならないと命じている。
キュロス王の墓
この後、少し離れたところにある宮殿址に行く。この宮殿はキュロス王が造り、後になって戴冠式に使われた。
宮殿跡
宮殿の門には人の像が彫られている。上部はアラブに破壊されてしまっているが、下部は土の中にあったので原型を保っている。2人の人像の脚の2つは牛、1つは魚になっているが、魚はエラム王国、牡牛はバニロニアの影響だという。そばにはペルシャ語、エラム語、バビロニア語で「私はキュロス 王の中の王」と書かれたくさび型文字の碑文がある。
門のレリーフ 碑文
宮殿から100mほど離れたところには4つの翼を持った人のレリーフがある。
4つの翼を持った人のレリーフ
次にキュロスの私的な宮殿を訪れる。ここには円柱と礎石が残っている。礎石には白い石灰岩と黒い花崗岩が使われている。ここの門にも人のレリーフが残っている。近くには謁見の間の遺跡がある。
キュロスの私的な宮殿 円柱と礎石
人の像のレリーフ
遺跡の隅の丘に砦の跡があり、ここからは遺跡全体を眺めることができる。
遺跡全景
10時55分パサルガダエを出発、1時半ほどでスルマックに到着、パークホテルのレストランで昼食をとる。ガイドのメフルダートさんとアシスタントのナディールさんはすぐテーブルについたが、ドライバーのアミールさんはなかなかやってこない。訳を聞くとお祈りをしていたのだという。中年以上のイラン人はきちんとお祈りをしているが、若い人はあまりお祈りをしない。
パーク・ホテル
13時25分レストランを出発、30分ほど走ると道路の右手に白い円錐形の建物が見えてきた。ヤフチャールと呼ばれる氷室で冬の間に氷を入れ夏まで保存するのである。中を覗くと中央に深い穴が掘られており、天井には明り採りの穴が開いている。ヤフチャールはアケメネス朝時代から使われてきたが、50年前から使われなくなってしまった。
ヤフチャール 天井
このあとバスは平らな砂漠地帯を走る。このあたりにはテーブル型の山がよく見られる。やがて道は山の中に入りどんどん高度を上げる。周りの山に薄雪が残っているので高度計を見ると2500mになっていた。
テーブル型の山 山道
15時45分タフトの町に出てモスクのトイレを借りる。20人以上が一度に使える大きなトイレで非常に清潔である。モスクにはトイレが必ず付属していて、お祈りの前にトイレに入り手を洗って身を清めるのである。
16時25分、日が落ちる前にヤズドに到着した。早速沈黙の塔に行く。丘の手前でバスを降り5分ほど平らな道を歩いた後、丘に登る。塔は直径20mほどで、中に入ると直径5mほどの穴があいていた。この穴の上に木の台を造り遺体を載せて鳥にに食べさせていたのである。この鳥葬場は65年前まで使われていたがパーレビ王朝の時代に禁止された。
沈黙の塔 鳥葬場の穴
沈黙の塔は男性用と女性用の2つあり、女性用の塔は低い丘の上に造られている。
沈黙の塔(女性用)
鳥葬場からの眺めは素晴らしくヤズドの市街を一望できる。
ヤズド市街
丘の麓には葬式に使った建物や、ゾロアスター教徒のための墓が見える。この墓は遺体が地を汚さないように底がコンクリートになっている。
集会所跡 ゾロアスター教徒の墓
丘を下りるとロバに乗ったおじいさんがいた。このおじいさんはシャリヤールという名でいろいろなガイドブックに載せられている有名人である。ロバに乗ってくれと頼むと1人では乗れなくなっていたから相当な年なのであろう。
シャリヤールじいさん
市内に入ると左手にライトアップされた建物が見えてきた。アミール・チャフマーグのタキイエといい、シーア派3代目のイマーム、ホセインの縁の地である。2本の高いメナーレがあり、その奥はバザールになっている。
アミール・チャフマーグのタキイエ
18時キャラバン・ホテルに到着した。客室が離れになっているリゾートホテル風のホテルである。