イラン旅行記
6日目 フィルザバード観光
今日はシーラーズの南方にあるササン朝時代の円形都城址フィルザバードの日帰り観光をする。8時にホテルを出発、1時間ほど走ると山の中の道になる。高度が2000m近くになり周りの山には雪が残っている。峠を越えパング川に沿って走っていると対岸の崖の上に2つのドームのついた城が見えてきた。カレドフタールといいアルダシール1世が自分の力を見せるために造った宮殿である。
カレドフタール
対岸の崖の下方にはアフラ・マツダ神から王権のリングをもらうアルデシール1世の叙任図が彫られている。
アルデシール叙任図
さらに走るとまたレリーフがあった。アルデシール1世騎馬戦闘図で幅が20mもある大きなレリーフであるが、修復工事中で足場がか組まれていて彫られた像が良く見えない。
アルデシール1世騎馬戦闘図
3時間足らずでフィルザバードに到着した。フィルザバードは226年アルデシール1世がパルティアを破ったあとに建てた都でパルティアの影響の強い円形の都市である。中心にはゾロアスター教の拝火神殿がある。ここには現存するササン朝の最古の建築遺構と言われるアルデシードの宮殿址がある。この宮殿は1800年前に造られ、東西55m南北103mの大きさがある。
宮殿正面(拡大) 宮殿側面
宮殿跡の中に入ると大きな部屋が3つつながっていた。壁には像を置くような凹みがあり、上部は丸くなってドームになっている。壁には漆喰が塗られていてアケメネス朝の後継者を主張するためペルセポリスを模倣した模様がつけられている。壁に小さい穴が開いているが足場の跡という説と、中の話を外に聞かせるためとの説がある。
ドームの高さは28mあり、アーチを楕円形にして尖らせたのでローマのアーチよりも高くできた。天井には明り取りの穴が開いているが雨の時には蓋をしていたという。この穴から眺める青空が実にきれいだった。
ドームの部屋 壁の上部 天窓
ドームの部屋の外には大きなイーワーンがある。建物が傾いてきたのでアラブの時代に脇にあるアーチに補強の柱がとりつけられた。
イーワーン 補強されたアーチ
イーワーンの前に泉があり大量の水が湧き出ていた。小さな魚が泳いでいて、泉から流れ出た小川には水草が揺らめいていた。このように隔離された泉に魚や水草はどのようにしてやってきたのだろうか。不思議なことである。
泉
小魚 水草
1時間ほど見学した後、来た道を引き返す。少し走ると左手に塔が見えた。ゾロアスター教の神殿の跡である。そばで写真を撮ろうとバスを降りて500mくらい走ってみたがなかなか近づかないので諦めて引き返した。
拝火教神殿跡
さらに30分ほど走ってジャハンガルディ・ホテルで昼食をとった後、再びシーラーズに向かう。途中右手に中央部が壊れた古い橋があった。1700年前のササン朝時代に造られた橋で、3代の王に仕えた大臣の名前ととってメクネブシーの橋と呼ばれている。
メクネブシーの橋
15時0分サアディー廟に到着した。サアディーはハーフェズとともにイランを代表する詩人で、1291年に亡くなるまで30年間中東、北アフリカ、インドを放浪した。70歳を過ぎてからシーラーズに戻り有名な「バラ園」「果樹園」という抒情詩を書き上げた。
サアディー廟
廟の壁は鳥や花の描かれたタイルで美しく装飾されている。小学生のグループがいて日本人が珍しいのかサインをねだられた。
壁の装飾 小学生
廟の中にガナートがあり階段を下りて地下に行くと澄んだ水の中に魚が泳いでいた.
ガナート
この後はバザールの見物に向かう。バスの右手に城壁が見えてきた。ザンド朝のカリム・ハーンの居城として使われた城塞で、4隅にある円形の塔の壁にはタイルの装飾が施されている。
カリームハーンの城塞
バザーレ・バキールはカリーム・ハーンの城塞の近くにあり、中にはドームの天井がつながった通路が網の目のように広がっている。中心近くにキャラバン・サライの跡がありここから発展していったものと考えられる。
バザーレ・バキール キャラバン・サライ跡
通りには絨毯屋、金細工店、香辛料の店などが並んでいる。いろいろの香辛料を混ぜないで層状にして売っている店があった。こうすればきれいだし成分が良くわかるのでいいアイデアだ。
絨毯屋 香辛料
ホテルに戻り夕食の支度を待っていると廊下を花嫁が歩いていった。イスラムの国でもウェディングドレスは西欧と同じだ。シーラーズは美人の産地として有名というが、いつも顔を隠している女性ばかり見ているので余計美人に見えた。イランではネクタイは嫌われると聞いたが、付き添いの父親は背広にネクタイ姿だ。イランの人も本当は西欧風の服が着たいのだろう。
そばに中年の女性がいて時々口に手を当ててアワアワと大きな声を出していた。昔、村で結婚式が始まることを知らせたヘルヘレという習慣でこれを聞いて村の人が集まったという。