イラン旅行記

4日目 アバダーン観光後ブーシェヘルへ

 今日はアバダーンの市内観光をした後、近郊のホラム・シャハールを訪れ、その後ブーシェヘルへ移動する。出発前ロビーに出るとイラン人の女性が大勢いた。傷痍軍人の奥さんたちでコーランの独唱会を聞きにきたという。同じツアーのメンバーの女性が話し掛けられ、質問に答えているうちに周りに人垣ができてしまった。イランではNHKのおしんが放送されて以来日本の女性は今でもおしんのような生活をしていると思っているそうだ。


質問を受ける女性とガイド

 8時に出発、左手にはアバダーン空港が見える。アバダーンには石油化学工場があるので利用者が多いのだ。このあとアルヴァンド川に出る。アルヴァンド川はイラクではシャトルアラブ川と言い、日本のニュースでもこの名前が使われているが、イランでシャトルアラブ川というと首を絞められてしまうとメフルダードさんは言っていた。

 橋の近くにたくさんの漁船が停泊していたのでバスを降りて見物する。アラビア人の船大工が木を削っていた。博物館で見るような古い工具を器用に使っている。アラビア人というとスリムな体を連想するが、ゆうに100kgはある肥満体だ。よほど金回りが良いのだろう。

 
漁船              船大工

 近くの道端には獲ったばかりの魚を売る店や、野菜や日用品を売る店が並んでいた。

 
魚の露店             日用品の露店

 川に沿ってさらに10分ほど走るとホラム・シャハールに到着した。まず戦争博物館を見学する。この建物は1982年までイラクが司令部として使っていたもので、銃弾で破壊された外壁の一部がそのまま残されている。。 

 
戦争博物館          博物館側面

 戦争の始まりからホルムシャハール奪還までの記録映画をビデオで見た後、展示物を見学する。銃弾で穴の開いたヘルメット、爆撃されて母子の死体が横たわっている民家の模型、イラクの司令部跡の模型、イラク兵の落書きなどが目に付いた。イラク軍の司令部跡にはウイスキーの空き瓶が転がっていてイラク軍は神の教えに反する悪の軍ということを強調していた。

 
爆撃された民家の模型        イラクの司令部跡の模型

 2階は絵画の部屋になっていて戦争の場面や兵士の絵が展示されている。イラクとの戦いは聖戦なので、亡くなった兵士が天国に行く姿など宗教的な絵が並んでいた。

 
兵士の絵

 博物館からさらに西へ走ると川の合流点に出た。ここはイラクとの国境で対岸はイラク領になる。左手にはイランの監視所の見張り塔が見える。


イラクとの国境

 来た道を引き返し、アルヴァント川を右手に見ながら走る。左手には石油コンビナートの施設が続いている。やがて川が氾濫して湖のようになる所に出た。写真を撮ろうとバスを下りると土が柔らかくてふかっと沈み込んだ。


氾濫した川

 12時20分、マフシャワに到着、黄金の宮殿という意味をもつカスル・タラーイで昼食をとる。ナンがむちむちしていておいしかった。14時出発、荒地の中をひたすら進む。1時間半近く走ると前方右手にペルシャ湾が見えてきた。左側にはザグロス山系の山々が続いている。

 
路傍の風景

 17時過ぎ夕日が沈んできたのでまたバスを降りて眺める。今日は昨日とは逆に太陽の下が膨らんできて引き込まれるように沈んでしまった。地平線の次には水平線と2日続けて完全な落日を見られたのは運がよい。


落日

 日没後20分ほど走ると検問があった。終わるのを待つ間星空を眺める。すごい数の星だ。天の川まで見える。星座の名前がわからないのが残念だ。さらに1時間ほど走り、19時45分ブーシェヘルの町に到着、ソナティエ・カワームというレストランで夕食をとる。以前水を貯めていた建物を改修したレストランでウエイターは昔の格好をしている。魚とエビのフリッターがおいしかった。

 
レストラン           ウエイター

 食後5分ほどバスに乗り、21時35分デラワール・ホテルに到着した。シャワーがついていたが、またぬるくて入れなかった。3星クラスのホテルでは部屋に入るとすぐシャワーを使わないとだめだ。


デラワール・ホテル

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