イラン旅行記
12日目 ザバーレ、ナタンズを経てカシャーンへ
今日は典型的なペルシャ建築の家並みが残る村ザバーレ、素朴な山村ナタンズを経て、オアシスの町カシャーンへ移動する。8時にホテルを出発、雲1つない青空の下、まっすぐな道を快調に走る。右手にはガナートの列が点々と続いている。
まっすぐな道
1時間少々走ると左手の丘に廃墟の村が見えてきた。タルクルード村の跡だ。ササン朝時代からあった村で今の村は丘の下に移っている。
タルクルード村の廃墟
さらに1時間少々走ってアルディスタンの町で下車、歩道に入り口のあるガナートを見物する。このガナートは2段になっていて階段を下りたところと、さらに深い地下に水が流れていた。近くにこのガナートの水を利用した共同洗濯場があり大勢の女性が服を洗っていた。写真を撮りたかったがカメラを向けたら年配の女性に断られたので少し離れたところで隠し撮りをした。
ガナートの入り口 共同洗濯場
さらに15分ほど走るとザバーレの町に到着した。早速金曜モスクを訪れる。このモスクは11世紀の末から11世紀にかけて建てられた。ちょうど葬式が行われていて、モスクの前に黒い台が置かれ若い男の顔写真が飾られていた。
金曜モスク 葬式の飾り
中に入ると漆喰細工のドームの部屋があり大勢の女性の参列者が祈っていた。
ドーム メフラーブ
隣の部屋では僧侶が大きな声で葬儀の祈りをしていた。何も見ずに長い葬送の言葉を唱えつづけていて参会の男は沈痛な顔をして聞いていた。
僧侶 参会者
この後近くのバザールを歩いたがイスラムの休日である金曜日なのでどの店も閉まっていた。屋内の広場にアシュラの祭りに担ぐ神輿が置いてあった。これまで見た神輿は屋外においてあったので骨組みしか見られなかったが、ここの神輿は雨に濡れないので緑色の布がかかり実際の使用状態に近い形だった。
バザールの通り 神輿
さらに進むと屋外の広場があった。晴れているときはここでアシュラの祭りをするのである。
屋外の広場
この後アルディスタンに移動し、アーデンアン・インで昼食をとった後ナターンズに行き、金曜モスクを訪れる。
金曜モスク
スーフィーの棺が収められた部屋があった。天井がスタラクタイト(鍾乳石飾り)のドームになっているのが珍しい。
スーフィの棺 スタラクタイトのドーム
モスクを見た後は町の中を散策する。古いモスクがありミナレットに登ってよいと言われたが、螺旋階段の幅が狭くすれ違えないので5人ずつ順番に登って景色を眺める。遠くの丘に塔が立っているのが見える。シャー・アッバスがここに来たとき喉が渇いたので知らずに毒のある池の水を飲もうとすると、町の人が飼っていた小鳥が遮って自分で飲んで死んだという故事を記念して建てた塔だという。日本にも似たような話がある。
路地
ミナレット 塔からの眺め
このあと近くの民家を訪問する。門を入ると小部屋があり、ここを抜けると母屋に出る。母屋は10m四方くらいの正方形の建物でこれを井の字に区切り4隅に部屋を置き残りの十字型の部分は廊下を兼ねた広間になっている。壁は上部は土壁であるが下部は漆喰が塗られていて、魔除けが懸けられていた。この家には老夫婦が住んでいた。おじいさんは100歳だと言っていたが80歳以下にしか見えない。
おじいさん 魔除け
この町には焼き物工房がたくさんあったが今は1軒だけ残っていて、アバーディという老職人が陶器に絵を描いていた。700度から1200度まで温度を変えて4回も焼くのだという。
絵付け 釜
17時35分、フィン庭園の近くにあるアミール・カビール・ホテルに到着した。アミール・カビールとは暗殺されたガジャール朝の大臣の名前である。