イラン旅行記

11日目 エスファハン市内観光

 今日はエスファハン市内の金曜モスク、アルメニア教会、ザーヤンデ川にかかる橋を観光する。
 9時ホテルを出発、まず金曜モスクに行く。このモスクは拝火教の寺院だったところに9世紀にモスクが建てられた。当初ドームとイーワーンはなかったが、セルジュクトルコが2つのドームと4つのイーワーンを造り、13世紀にモンゴルがミナレットを造った。タイルワークはサファビー朝に行われている。このようにこのモスクではいろいろの時代の建築技術を見ることができる。

 
金曜モスク入り口          門のスタラクトライト(鍾乳石飾り)

 11世紀にセルジュク朝時代に造られた部分はレンガの装飾を見ることができる。たくさん並んでいる天井のドームの形はすべて異なっていて、レンガで造られた丸い柱の飾りもすべて異なっている。

 
ドーム
 
柱の飾り

 モンゴル時代に造られた部屋には精巧な漆喰細工の施されたメフラーブがある。このメフラーブは世界で一番きれいな漆喰細工と言われている。両脇には2つの時代に造られた木製のメンバル(説教台)が置いてある。 

  
メフラーブ(拡大)            左のメンバル          右のメンバル

 モンゴル時代に造られたテントの形をした部屋があった。夏涼しく冬暖かいので今でも使用されている。


モンゴル時代に造られた部屋

 76mX65mもある大きな中庭を4つのイーワーンが取り囲んでいるが形がそれぞれ異なっている。シーア派の中にもいろいろな宗派があるので宗派に合わせて形を変えているのだという。広場の中央には手を清める水場がある。

 
中庭                水場

 11世紀のセルジュク朝時代に造られたレンガ造りの大きなドームはどことも違うようにデザインされている。


レンガ造りのドーム

 たくさんの柱のある部屋があったが、地盤が沈下したのか柱があちこちの方向に傾いていた。この柱には彫刻が施されていたがガジャール朝の時代に漆喰で塗りこめられてしまっている。


傾いた柱

 次にジュルファ-地区に行く。ここにはトルコとの国境に近い西北イランのジュルファ-から強制移住させられたアルメニア人の子孫が住んでいる。アルメニア人は交易の才があり絹の取り引きで成功してエスファハンの繁栄に寄与した。ここには13のアルメニア教会があるが、そのうち公開されているヴァーンク教会を訪れる。

 
ヴァーンク教会入り口           門の壁画

 教会堂の中は最後の審判の大きな絵、聖グレゴリウスが布教中に拷問を受けた場面や豚になった王様を救って布教を許された場面などの聖画が壁一面に飾られており、柱やドームは金の装飾でまばゆいばかりである。写真撮影が禁止されているのが残念だ。


教会堂

 この教会には博物館が付属している。入り口にはアルメニアに初めて印刷技術を導入した人と、アルメニアの文字を作った人の胸像が飾られている。1階には世界一小さい聖書、髪の毛に書かれたローマ字、レンブラントの描いたデッサン、聖書、印刷機、陶器、アルメニア人の民族衣装などが展示されているほか、1914年から15年にかけて起こったトルコのアルメニア人大虐殺の記録も展示されていた。並べられた生首の写真、棒の先に突き刺された生首の写真、骸骨のようにやせ細った女性の写真などナチスよりもひどい。2階には装飾タイル、楽器、彫刻,コイン、絨毯などが展示されていた。


博物館

 教会の近くのジュルファ・ホテルで昼食をとった後ジュルファ地区を散策する。教会がたくさん目に付くがどれも刑務所のように高い壁で囲まれている。アルメニア人は教会の中でベールを外しワインを飲むので外部から見られないように壁を高くしているのである。


教会の高い塀

 この後エスファハンを流れるザーヤンデ川にかかる古い橋を見に行く。まずスィー・オ・セ橋に行く。この橋はアルメニア人が川を渡れるようにとアッバス1世によって建てられた。スィー・オ・セとは聖なる数33のことで名前の通り33の橋脚があり、その上にはアーチが100乗っている。エスファハンの中心部にある橋であるが歩行者専用道路になっていて大勢の人が歩いている。橋の袂にはチャイハネがあり夏は涼を求める地元の人で賑わうという。

 
スィー・オ・セ橋       橋からの眺め

チャイハネ

 次にハージュー橋を訪れる。この橋は長さ133m、幅12mあり、1666年アッバース2世の時代に完成した。水面に写る姿は最も美しい。


ハージュー橋

 ハージュー橋は上下二重の構造になっていて下の階は水際に下りることができる。

 
下の階の通路            下の階の中央部

 ハージュー橋とスィー・オ・セ橋の間にチュービー橋がある。この橋は長さ147m、幅4mで、アッバース4世によって建てられた。


チュービー橋

 最後にシャフレスターン橋に行く。この橋は長さが100m、幅が4.6mありササン朝時代に造られたエスファハンで最も古い橋である。治水工事によって川の流れが変ったので今は池になった水面の上にかかっている。


シャフレスターン橋

 橋を見た後で鳩の塔に行く。昔は塔の上に餌を置いて鳩を呼び寄せ、鳩の糞を肥料に用いていた。大きな建物なので糞を積もらせるにはかなりの数の鳩を集めなければならないがどれだけの鳩が集まったのだろうか。


鳩の塔

 帰りがけにイラン・イラク戦争の戦没者の墓地を訪れる。墓の前には故人の肖像が掲げられているが、中には子供や聖職者の写真も見られる。今日は木曜日で墓参りの日なので大勢の女性が来ていて、ここにいるのが悪いような気がした。


戦没者墓地 

 夕食はエマーム広場のバザールの中にあるバスターネというレストランでとった。エマーム広場に着くとライトアップされた建物が闇の中に黄色く浮き上がりなんとも美しい。写真に見たとおりの色が出ないのが残念だ。

 
エマーム・モスク(拡大)         シェイフ・ロトゥフォラー・モスク(拡大)

アーリー・ガーブー宮殿(拡大)

 レストランで若い音楽家がリーバンという民族楽器を弾いていた。形はまるで違うがギターとそっくりの音色であった。5ドルでCDを売っていたので記念に買ったがサインをしてくれた。近頃はパソコンで簡単にCDを作れるので音楽家はチップをもらう代わりにCDを売ることが多くなった。

 
レストラン       リーバンを弾く音楽家

 食後イラン版ボディービルのズール・ハーネを見物に行った。セルジュク時代ズール・ハーネは兵士を強くするという理由で禁止されたが男たちは地下室に隠れて鍛錬していたという。このため今でもズール・ハーネのトレーニングは地下室で行われている。ズール・ハーネは隅に座った男の歌や太鼓に合わせて行われる。始めは開脚して股関節のストレッチをした後腕立て伏せを行う。体の重心が腕に近くなるので通常の腕立て伏せよりもきつい。

 
進行役のおじさん         腕立て伏せ

 開脚の腕立て伏せが終わると全身のストレッチをし、次に1人ずつ中央に出て両手を広げながら飛び上がって回転する。すごい速さで回転するので目が回りそうだが慣れているので平気な顔をしている。ジャンプが終わると棍棒を使った曲芸が行われた。20kg以上ありそうな棍棒を回転させながら放り上げるのだからたいした力である。

 
回転ジャンプ           棍棒の曲芸

 次に全員が棍棒を持って背中の後ろから前に振り出す運動を繰り返す。棍棒の重さは人により異なり細い人は小さ目の棍棒を使っているがそれでも途中で休んでいる。この運動は刀を振り下ろすときと同じ筋肉を鍛えるので、兵士が強かったのであろう。このあと鉄の弓を頭上に上げて左右に振る。この運動は肩や上腕の筋肉が強くないとできない。

 
棍棒振り        鉄弓振り

 見物を終わってホテルに戻る途中スィー・オ・セ橋の脇を通ったが、ライトアップされた橋が水面に写って美しかった。


夜のスィー・オ・セ橋

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