イラン旅行記

10日目 エスファハンのエマーム広場観光

 今日は世界遺産エマーム広場の観光である。8時にホテルを出てまず世界遺産に登録されているエマーム広場へ歩いて行く。通りを抜けて広場に出た途端思わずあーっと声を上げそうになる。左にはアーリー・ガーブー宮殿、右にはシェイフ・ルトフォラー・モスク、前方にはバザール、そして後方にはエマーム・モスクが雲1つない青空の下に輝くように建っている。

エスファハンのエマーム広場
世界遺産エマーム広場

 まずアーリー・ガーブー宮殿を訪れる。6階建ての建物で3階までは召使いが、4階以上は王族が使っていた。


アーリー・ガーブー宮殿(拡大)

 段差の大きい階段を登りテラスに出ると噴水越しにシェイフ・ロトゥフォラー・モスクが目の前に広がる。この広場には以前は噴水がなくポロ競技場になっていて、競技のない日は大道芸人が出て賑わっていたという。


 シェイフ・ロトゥフォラー・モスクと噴水

 テラスの中央には銅貼りの噴水池がある。水は山から土管で引いてきたという。噴水池の上の天井は手の込んだ装飾が施されている。柱には松の木が用いられている。

 
噴水池                 天井

 壁は漆喰で凹凸のある彫刻が施されている。その間には美女の絵が描かれている。ガジャール朝の時代に壁は白い漆喰で塗りつぶされてしまったが、パーレビ朝時代に修復された。


ペルシャ美人の壁画

 テラスから中に入るとドームのある部屋があり、ここの壁にも女性の絵が描かれている。ヨーロッパの客がを迎えるためヨーロッパ調の絵柄になっている。壁の上部に小さな窓があるが、ここから女性が来客を見ていたという。

 
ヨーロッパ調の壁画                  壁の窓

 最上階に登ると音楽室があった。壁や天井の前面は楽器の形の穴が開いた板で飾られている。この板は漆喰で作られていて板の後ろは空洞になっている。この空洞は音楽を演奏したとき反射音を適度に吸収する効果があるという。


天井の装飾

 音楽室から螺旋階段を下って3階に出ると一部が剥がされた壁があり、下から模様のある壁が出ている。ガジャール朝時代に塗りたてられた壁と以前の壁を見せているのだ。


剥がされた壁

 次にエマーム・モスクに行く。このモスクはシャー・アッバスが作らせたもので正面の門はイランで一番大きな門である。


エマーム・モスクの門(拡大)

 壁の装飾は当初モザイクで行われたが、なかなかはかどらないのでタイルに模様を描いて貼りつける方法に変えられた。門の左側の壁はモザイクで、右側は模様を描いたタイルになっている。

 
モザイク               模様を描いたタイル

 中に入ると広場と45度の角度をなした中庭があり、中庭に面して4つのイーワーンがある。中庭の方向がエマーム広場と異なるのはエマーム広場がメッカの方向を向いていないためである。入り口に近いイーワーンの壁にはモスクが完成したとき喜んだシャーアッバスが出した「1年間税金を払わなくても良い」とのお触れが書かれている。

 
中央礼拝堂のイーワーン        左手のイーワーン
 
右手のイーワーン         入り口側のイーワーン(拡大)

 中央礼拝堂のドームは2重になっている。外側のドームは高さ52m、内側は36mで間に16mの空間がある。ドームの床の中央に目印の板があり、。ここで手を叩くと7回のエコーが響くという。案内のおじさんがコーランの1節を暗誦すると声はドームの外にまで響き渡った。説教台の話を聞いてここで大きな声で再び同じ言葉を話し全員が聞けるようにしていたという。案内のおじさんの後ろに見える階段はインドから象で運んできた大理石の階段である。

 
中央礼拝堂(拡大)        天井のドーム(拡大)
 
中心の目印            コーランを暗誦する案内係り

 ドームの壁はどこも青が基調になっているが、1箇所だけ黄色が基調の部分があった。壁のデザインは宗教家と芸術家が相談して決めるが、意見が合わないことがしばしばあったという。この壁は芸術家が独断で作ってしまい宗教家がこんな色にしたら気が散ってお祈りができないと文句を言うと、芸術家は「祈るときは壁を背にしているから見えないはずだ」と言って切り抜けたという。


黄色い壁

 中庭で職人がモザイク用のタイルを割っていた。青いタイルの上に模様を描いた紙を貼り、その模様どおりに割っていくのである。割られたタイルはドームと同じカーブを持つ台の上に並べられ、漆喰を塗って固め、乾いた後で40cm角くらいの大きさに分離してからドームに貼り付けるのである。

 
タイルを割る職人         タイルを並べる台 

 
並べられたタイル          分離されたタイル 

 次いでシェイフ・ロトゥフォラー・モスクを訪れる。このモスクはレバノンの高名な説教師シェイフ・ロトゥフォラーを迎えるためにアッバース1世の命で造られたモスクである。王族専用のモスクなので中庭やメナーレはない。向かいにある宮殿からこのモスクまで地下道が通じていて王族の女性たちが姿を見られずに来られるようになっている。 


シェイフ・ロトゥフォラー・モスクの門(拡大)

 モスクの中に入るとここも45度曲げてドームのある建物が建っている。建物の壁は彩色タイルで装飾されていいて実に見事である。直径12.8mある天井のドームには尾のない孔雀の絵が描かれていて外から差し込んだ光の反射光が写ってまるで白く輝く尾のように見える。

 
壁の装飾(拡大)            天井の孔雀の絵(拡大)

 昼食はイマーム広場に近くにあるアザディアン・ティーハウスというチャイハネでとる。骨董品店を兼業しているので店内には数千の骨董品が所狭しと並んでいる。地元の人が大勢来ていて水煙草を吸いながら会話を楽しんでいた。

 
チャイハネ           水煙草を吸うカップル

 食後40柱宮殿を訪れる。この宮殿は1947年に建設さた。池に面したテラスには20本の柱があるが、池越しに見ると水面に反射して柱が40本あるように見えるので40柱宮殿と呼ばれるようになった。テラスの壁には鏡が貼り付けられているが明るい鏡と黒っぽい鏡がある。黒っぽい鏡は安く作るため水銀の代わりに錫を用いているのという。側面の壁には色をつけた大理石が貼られているが、大理石に色をつけるのは難しく今でもどうして作ったか謎だと言う。
 柱の表面は剥き出しになっているが、かってはミラーワークが施されていた。ミラーワークは、鏡をラクダに乗せてイタリアから運んだとき落として割ってしまい、割れた鏡を生かすために考え出されたのだという。柱の下にはライオンの像のある礎石がついている。

 
40柱宮殿            柱の礎石

 宮殿の中は博物館になっている。広間の入り口の上には戦争の絵があるが、これはオスマン・トルコに負けたときの絵で、復讐することを忘れないために描いたという。

 
オスマン・トルコとの戦いの絵

 このほか歴史上の事件を描いた絵や美女の絵など大小さまざまな絵で壁は埋め尽くされている。

  
トルキスタンがペルシャに援助を乞いに来たときの絵

 隣の部屋も壁画で埋められている。イラン版のロミオとジュリエットと言われるホスロシーリンの絵があった。女性の服は薄手で胸が透けている。


ホスロシーリンの絵

 最後にバザールを見物する。NHKの「シルクロード」に出演したという職人がガラム・カールを作っていた。ガラム・カールは木綿に木版で模様をプリントしたもので1枚数ドルで買えるのでお土産用として手頃である。

  
バザール

「シルクロード」に出演した職人

 今日は同行者の1人の誕生日でほかに2日後に誕生日を迎える方がいたので一緒に誕生祝いをした。出された食事だけで腹一杯になった後だけにケーキが大きくて食べるのに苦労した。


誕生日祝いのケーキカット

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