インドヒマラヤ旅行記

7日目 タボからカザへ

 6時から朝の勤行が行われるというので日の出を眺めた後新集会堂に出かける。すでに勤行は始まっていて大勢のヨーロッパ人が座って読経を聞いている。このあたりは日本人はあまり訪れないが、ヨーッロパ人は大勢来ている。僧院長のゲシェ・ソナム・ウォディさんは大きな声でお経を読んでいるが、若い僧は途中から三々五々とやってくる。少年僧も数人座っていたがお経を読めないのでただ聞いているだけである。

 食事をしてホテルの前に出ると驚いたことに一昨日の夕方別れたドライバーたちが待っていた。別れてからマナリまで行きこれから我々が進むルートを通ってタボに来たというのだが1日半寝ずに走って夕べタボに到着したという。

 8時ホテルを出発、しばらく平地を走った後山の中にはいる。斜面を走っていると前方に砂煙が見えた。近づくと上の斜面で土砂崩れが起きているのだ。しばらく待ったが止まりおそうにないので強引に突き切る。 

 
村の中の道         土砂崩れ

 1時間15分ほど走ると前方の岩山の上にダンカル・ゴンパが見えてきた。岩山の頂上付近には古い砦の建物、その左手少し離れた場所にはダンカル・ゴンパのお堂が並んでいる。ダンヵル・ゴンパは12世紀に作られたゲルーク派の僧院でダライ・ラマが3回訪れているという。眺めのよいところで車を停めて写真を撮る。ついでに強行軍をしたドライバーたちとガイドの写真も撮らせてもらう。 

 
ダンカル・ゴンパと砦跡(拡大)        ドライバーとガイド

 ゴンパに向かって山道を登っていく。今日は快晴で遠くの山まではっきと見える。ゴンパの手前の駐車場で下車する。

 
ゴンパへ登る道            駐車場から眺めたダンカル・ゴンパ

 最初にナガツァン堂を訪れる。お堂の前の道は狭く道の脇は切り立った崖でかなり怖いがここからの景色は素晴らしい。


ナガツァン堂からの眺め(拡大)

 ナガツァン堂はリンチェンサンボの時代に建てられたらしいが記録がないのではっきりしない。中には古い壁画がたくさん残っているが、雨漏りでかなり痛んでいる。大きなシャカムニの像のほか修復された像がいくつかある。

 

 
壁画

 次いで弥勒堂を訪れる。中には50年前に作られた弥勒菩薩の像が祀られており、そばにはチベットのガンデン寺から持ってきた古いタンカが懸けられている。

 
弥勒菩薩           タンカ

 弥勒堂は僧院長ゲシェ・ガンデンティバさんの住まいになっている。ゲシェ・ガンデンティバさんは現在81歳で、チベットのガンデン寺にいたが1959年37歳のときインドに亡命し、16年前にこの地にやってきた。冬は寒いのでダラムサラに行くという。我々にラダックに行ったことがあるか、ブータンに行ったことがあるか、チベットに行ったことがあるかなどと次々と質問したが、どこも過半数の人が手を上げたので驚いていた。


ゲシェ・ガンデンティバさん

 同じ建物の中に護法堂がある。護法堂は3畳間くらいの小さな部屋で護法尊の像は小さく中央に大きな太鼓がぶらさげてあった。毎朝この太鼓を叩いて勤行をするのである。 


護法堂

 次に旧集会堂に行く。中央にはシャカムニ、左には弥勒菩薩、右にはツォンカパが祀られておりその左右の棚にはカンギュール(シャカムニの話をまとめたお経)とタンギュール(シャカムニの話を解説したお経)が収められていた。


旧集会堂

 このあと駐車場まで戻って車に乗って新しく建てられた集会堂を訪れる。このお堂には今年の5月ダライラマが訪れて開堂の法要を行っている。


新集会堂

 新集会堂の正面にダライラマの座が置かれている。その後ろにはツォンカパと2大弟子が祀られているが赤と黄の豆電球が交互に点灯され我々には宗教的な雰囲気が感じられない。

 
ダライ・ラマの座             電飾されたツォンカパの像

 新集会堂の壁にはたくさんのタンカが懸けられている。なかには煤で真っ黒になっていてなにが描かれているのかまったくわからない古いタンカもある。ただ写真に撮ると模様が浮かんでくるから赤外線写真でも撮ればはっきりすることだろう。


古いタンカ 

 12時発スピティ川に沿って走る。1時間ほど走ると左手前方に村が見えてきた。ラルン村だ。村の手前には麦畑がある。刈り取った麦が畑の中央に置かれなかなか美しい模様だ。

 
ラルン村            麦畑(拡大)

 13時10分ラルン・ゴンパの下に到着した。この寺には僧が居ないので正式にはゴンパとは言わないが適当な言葉がないのでゴンパと言っておく。ゴンパに入る前にゴンパのそばでお弁当を食べていると日本人が珍しいのか村の子供たちが集まってきた。どの子も写真向きの可愛い子ばかりだ。

 
ラルン・ゴンパ               村の子供たち(拡大)

 食後金堂の中に入る。正面と左右の壁にはタボ・ゴンパ同様たくさんの仏像が懸けられていて立体マンダラを構成している。11世紀にリンチェン・サンボが造った寺と言われているが、仏像はこげ茶色にくすんで長い年月の経過を感じさせる。

  
正面の仏像

 寺を管理している村の人にストロボを使っても良いと言われたので、岩絵具を使っているので小光量のストロボを発光させてもまったく退色の問題はなかろうと思って撮らせてもらった。撮ったときはわからなかったが、後で写真を見て驚いた。くすんでいた1000年前の仏像がまるで今造られたかのように鮮やかな色で彩られているのである。煤の下に埋もれていた岩絵具や金泥の微粒子がストロボの光をカメラの方向に強く反射したため1000年前の色が現れたのだろう。

 
(拡大)            (拡大)
  
(拡大)             (拡大)           (拡大) 

 入り口の上部には3つのマンダラが描かれており、その下には護法尊がお堂を守るかのように祀られている。

  
マンダラ                 護法尊

 左右の壁の下部にも仏像などが描かれているが、キリスト教を連想させる西洋風の絵があったのは当時西の国との文化の交流があったのだろうか。

 
仏像の画               西洋風の画(拡大)

 少し離れた所にある大日堂には4面4躯の大日如来の像が祀られている。11世紀に造られたが顔などは最近彩色されている。

 
大日如来

 14時20分ラルン・ゴンパを出発、山の中の道を45分ほど走ると道端に馬が放牧されていた。この地方特産のスピティ馬で、昔はチベットに輸出されていたという。たしかにチベットの馬と比べると脚が長くスマートでいかにも速そうだ。


スピティ馬(拡大)

 やがて道は川べりを進む。道路脇の岩が雨に浸食されて襞のようになっていて中には塔のようになった岩もある。しばらく走ると前方に氷河が見えてきた。このあたりは海抜3600m前後あるのでちょっと高い山には氷河があるのだ。

 
襞のある山腹         氷河のある山

 16時5分カザのサキャズホテルに到着した。カザはスピティ渓谷の中心地で、手元の高度計では3575mになっている。

 
サキャズ・ホテル       客室

 一休みした後ホテル近くのサキャ・ゴンパを訪れる。サキャ・ゴンパはサキャ派の僧院で60人の僧が在籍している。

 
サキャ・ゴンパ             中庭

 お堂に入ると正面に本尊のシャカムニが祀られていた。

 
シャカムニ

 背後の棚の中には仏像がたくさん並んでいる。その中に左手を差し伸べている像があった。成就者(ヨガの行を積んで超能力を獲得した在家の修行者)の像で太陽を動かすことができたという。

  
棚の仏像            太陽を止める成就者

 現在の座主のケ・リンポチェは83代で、棚の中には82代のケ・リンポチェの仏塔が収められている。


82代のケ・リンポチェの仏塔

 83代のケ・リンポチェは現在14歳なので勤行のときはそばに高僧が座って手伝いをする。ケ・リンポチェが成人した後に使う座がお堂の隅に用意されている。 

 
現在のケ・リンポチェの座         成人したときのケ・リンポチェの座

 集会堂の隣の建物で数人のブータン職人が金剛界マンダラの仏像を作っていた。彼らはブータンの国立絵画学校の卒業生で高度の技術を持っている。仏像はすべて手作りで手の印の形はお経を見て作る。仏像の装身具は僧が作り後から貼り付ける。仏像1体を作るのに20日間かかり、金剛界マンダラすべての仏像を造るのに1年かかるという。

 
仏像を造る職人       装身具を作る僧

乾燥中の仏像

 近くに仏像を収めるお堂を建築中で、内装工事中の部屋の正面には既に大きな大日如来の像が安置されていた。


大日如来像

 この後、市場を訪れる。あまり見るものはなかったが、八百屋の店先にに色鮮やかな穴の開いた短い筒状の物が並んでいるのが目に付いた。このときは何かわからなかったが、後で食べることになった。


穴の開いた食べ物

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