アンコールワット旅行記

6日目 ベン・メリア、バンテアレイ・サムレイ、プレ・ループ、プリヤ・カン観光

 8時ホテルを出発、80km先のベンメリアにむかう。雲が厚く今にも振り出しそうな空模様だ。そんな空の下をヤシの実を50個くらいぶらさげた自転車や人を20人くらい乗せたリアカーを引いたバイクが走っている。

 
沿道の風景

 30分ほど走るとプラバー村に出た。この村にはサムレイ族が住み自給自足の生活をしている。彼らはノン・ムン・チョックという米で作った麺を主食にしているが、16世紀ころに当時の首都ウドンに来た日本人がこれを日本に持ち帰りウドンの起源になったという。 

 
プラバー村

 未舗装の横道に入り15分弱走ると料金徴収所があった。この先は有料道路になるが舗装されているのは2kmだけであとは泥道である。さらに45分ほど走るとベン・メリアの入場料の徴収所がありここで1人5ドルずつ払って中に入り5分ほど走ってからバスを降りて参道を歩き始める。朝方曇っていた空は青空になり真夏のような暑さになる。

 ベン・メリアのベンは池、メリアは花という意味であわせて花束の池という意味になる。ベン・メリアは12世紀末にクーレン山の石切り場の近くにアンコール・ワットを造ったスールヤ・バルマン2世によって建てられたヒンズー寺院で周囲4.2kmの堀に囲まれている。アンコール・ワットに似た構造をしていることから東のアンコール・ワットと呼ばれている。

 この遺跡には3年前まで地雷があり、周囲の林の中の木の幹には赤いペンキが塗られている。この木の先は地雷が撤去されていないという警告の印である。


ベン・メリア参道

 参道を抜けると西門と第3回廊の前に出る。これらは崩れかかっていて西門は門であることがわからなくなっている。る。

 
西門           西側第3回廊

 右手に進むと南側第3回廊に出る。ここからは比較的よく残っている外観を見ることができて象に乗るインドラ神のレリーフが見られる。

 
南側第3回廊からの眺め          象に乗るインドラ神のレリーフ

 第2回廊に進むと屋根が残っていたが彫刻は見られなかった。


第2回廊

 第2回廊を出たところにある門から崩れた石の上を通って中に入る。足場が傾いているので手滑りそうで怖いが女の人や小学生くらいの男の子が手を引いて手伝ってくれる。中に入ると木がジャングルのように生い茂っていてアンコール・ワット発見当時の姿を思い起こさせられる。

 
入り口付近            生い茂る木

 崩れた石の上を先に進むとうず高い石の山があった。崩れた中央塔の跡だという。中央塔は25mの高さがあったというが、ほかの遺跡もこのような残骸から復元したのだろうか。石に穴があるが運びやすいように開けられたという。


中央塔跡

 経蔵は崩れずに残っている。中に王の墓があったが今は外に転がっている。非常に重い墓なので後の代の王が放り出したのだという。


経蔵

 遺跡の中には精巧な彫刻がまだ残っている。地雷があったことが幸いして盗難を免れたのだ。


コブラの彫刻(拡大)

 1時間20分ほど見学してからバンテアレイ・スレイの前の食堂に行き再び場所を借りて弁当を食べる。

 食後バンテアレイ・サムレイに向かい30分ほどで到着した。バンテアレイ・サムレイとはサムレイ族の砦という意味で、スールヤ・ヴァルマン2世が12世紀前半に造った寺院でベンメリアと似た様式になっている。ラテライトと砂岩で造られていて周囲は高い掘に囲まれ砦のようになっている。

 
西門          塀

   
祠堂                  入り口上の彫刻              経蔵と中央祠堂

 
東門              門の前のお守り

 次にプレ・ループを訪れる。プレ・ループとは体を裏返すという意味で961年にラジェンドラ・ヴァルマル2世が造ったヒンズー寺院で、3層のラテライトの基壇の上に砂岩の5つの祠堂が並ぶピラミッド型の構造になっている。東西8km、南北2kmの人造湖に囲まれていた。

 
プレ・ループ(拡大)         3層からの眺め 

 2層には正面階段の前に2つの経蔵が並んでいる。


経蔵

 経蔵の前には王の火葬場があり、隅の方に遺骨を洗う流しがある。遺骨はガンジスの水の代わりにヤシのミルクで洗ってから骨壷に収めていたが、カンボジアでは今もこの習慣が続いている。

 
王の火葬場            遺骨の洗い場

 次にプリヤ・カンを訪れる。プリヤ・カンとは聖なる剣という意味で1192年にジャヤ・ヴァルマン7世がチャンパとの戦いに勝った記念と父の供養のために造った仏教寺院である。参道の両側には砂岩の石柱が日本の寺の石灯籠のように並んでいる。石柱の上部には仏像が置かれ下からヒンズーの神が下から支える構成になっているが仏像はヒンズー教徒によって削りとられてしまっている。

 
プリヤ・カンの西側参道        石柱(拡大)

 参道を進んでいくと西門の前に出る。門の前には蛇の胴を抱える神々と阿修羅の列が並んでいる。

 
西門           蛇の胴を抱える神々

 西門をくぐると祠堂の前に出る。


プリヤ・カン祠堂(拡大)

 プリヤ・カンは仏教寺院であるが祠堂の中にはリンガと一体になったヨニがあった。また東西南北の門はそれぞれ釈迦、シヴァ神、ヴィシュヌ神、先祖に捧げて設けられているが、当時多かったヒンズー教徒が来やすいようにとの王の工夫だという。


ヨニとリンガ

 中央祠堂の壁にも仏像とヒンズーの神の像が彫られているが仏像はヒンズー教徒によって削りとられてしまっている。仏像とヒンズーの神の像とは膝の組み方が異なり仏像は水平に組んでいるがヒンズーではX型に組んでいる。

  
ヒンズーの神の像             仏像の跡            ヒンズーの神の像

 寺院の中央には仏塔があり近くには仏像があるが仏像の頭はヒンズー教徒によって切り落とされている。

 
仏塔              仏像

 この遺跡もスポンにからまれている建物があり、今にも崩れそうになっている。

 
スポンにからまれている建物

 東門の近くにギリシャ建築風の2階建ての建物があり1階の柱は丸くなっている。王の瞑想場だったという説がある。


王の瞑想場

 ホテルに戻って小休憩したあと夕食に出かける。一昨日と同じラッキーレストランで今日はクメール料理だった。隣の畳の部屋でアプサラダンスのショーをしていたが見ていたのはたったの2人でダンサーが気の毒だった。


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