アンコールワット旅行記

4日目 クバル・スピアン、バンテアイ・スレイ、東メボン、タ・ソム、
プラサット・クロル・コー、ニャック・ポアン観光

 8時30分ホテルを出発、ミニバスに乗ってシェムリップ川の源流のクーレン山を目指して北へ進む。クーレン山はシェムリアップ川の源流がある山でジャヤヴァルマン2世が聖地と定めた山である。道が未舗装でミニバスはときどき飛び跳ねながらゆっくり進む。周囲には田んぼが広がり藁葺き屋根の家が点在している。

 1時間30分ほどすると右手前方に小高い山が見えてきた。クーレン山だ。ジャヤヴァルマン2世はクーレン山をヒマラヤ、シェムリップ川をガンジスになぞらえて809年にクーレン山を聖地と定め、以後クバル・スピアン(川の源流)と呼ばれるようになった。


クーレン山

 さらに10分ほどしてクーレン山の麓の駐車場に到着、ここから歩いて登山道を登る。

 
駐車場             登山道入り口

 登山道は比較的なだらかな登りだが一部岩がごろごろした急な登りがある。

 
登山道

 途中にキノコ型の岩があった。かってこの岩陰の下で行者が瞑想していたという。


キノコ型の岩

 さらに進むと小さな滝があった。滝の下流の川は乾季の今は10cmの深さもないが雨季には1mになるという。滝の落下口には蛙の顔が彫られた岩があった。

 
滝             滝の落下口

 滝の落下口の近くの岩には人や馬の像が彫られている。

 
落下口の近くの岩

 滝の上流にはたくさんの小さなリンガが彫られている。このことからこの川は千のリンガの川と呼ばれている。このリンガの間を川の水が流れていくうちに聖水になると信じられている。

 
小さなリンガ

 さらに100mほど進むと岩に彫刻がしてあった。が破壊された。しかし多くの彫刻は無残に削られている。彫刻をタイに持っていってヨーロッパ人に売る盗人たちの仕業だという。

 
削りとられた彫刻

 30分ほどして登って来た道を引き返す。途中で登ってきた若い2人連れの女性の1人がニーハオと挨拶をしたので、中国人もここまで観光に来るようになったのかと思ってこちらもニーハオと挨拶したら、もう1人の女性が英語で中国人かと聞いてきたので日本人だと答える彼女たちも日本人であった。私は中国を旅しているときだれからも中国語で話しかけられるので
中国語を覚えれば中国人になりきれそうだ。

 このあとバンテアイ・スレイ遺跡の前に行き食堂で場所を借りておにぎり弁当を食べる。

 
食堂            弁当

 食堂の周囲には土産屋が並んでいて仏像の頭のコピーなどが売られている。


お土産

 食後バンテアイ・スレイを観光する。バンテアイ・スレイとは女の砦という意味で赤と黄土色の砂岩で造られ美しい寺院であることから名付けられた。この寺院はジャヤヴァルマン5世の摂政だったヤジュヌヴァラーハによって967年に建てられヒンズー寺院でシヴァ神とヴィシュヌ神が祀られている。野焼きをしていた農夫によって1914年に発見された。

 
バンテアイ・スレイ東門        破風の彫刻(拡大)

 右側の塔ヴィシュヌ神、左側の塔シヴァ神。ラーマヤナのマーラが誘拐する場面が彫られている。その下にはラマ王子と弟が見られる。門にはサンスクリットの文字が刻まれている。


サンスクリットの文字

 ラテライトの参道を進むと第一周壁の門に出る。

 
第一周壁の門         破風(拡大)

 第一周壁の門の先に第二周壁の門がありその間の参道にはシヴァ神とヴィシュヌ神のリンガを入れる2つの穴の開いたヨニがる。


シヴァ神とヴィシュヌ神のリンガを立てる穴のあるヨニ

 第二周壁の門を抜けると中央祠堂の前に出る。中央祠堂の左右には経蔵がある。

  
中央祠堂(拡大)          経蔵

 中央祠堂や経蔵には彫りの深い美しいレリーフがたくさん残っている。ここの女神は特に美しく上智大学の石沢教授は東洋のモナリザと名付けている。

  
東洋のモナリザ(拡大)     妻を抱いて守るシヴァ神と7面の悪魔(拡大)         ラクシュミに聖水をかける象(拡大)

 このあと東メボンに向かう。途中村があったのでバスを停めてもらう。この地方の家は雨季には水没を免れるため乾季は動物の侵入を避けるため高床式になっている。

 
高床式住居          牛

 周囲には田んぼが広っていて田んぼの中にヤシン木が植えられている。ヤシの木からは樹液をとって砂糖や酒を作る。

 
田んぼ              ヤシの樹液を運ぶ男

 30分少々で東メボンに到着した。東メボンは952年にラジェンドラ・ヴァルマン2世によって先祖の霊を弔うために造られたヒンズー寺院で周囲は池だった。

 
東メボン(拡大)           3層の門の上部の彫刻

 寺院は3層のピラミッド型の構造をしていて塔が5つあり中央の塔は神、周囲の塔はヒマラヤを表している。テラスの4隅には象の石像が置かれている。

 
5つの塔               4隅の象

 塔の内部や入り口には砂岩の彫刻が残っている。レンガにたくさんの穴が開いているが、建造当時はレンガの上にシックイが塗られていて、これらの穴はシックイが落ちないように開けられた。

  
仏像          砂岩の彫刻とレンガの穴

 次にタ・ソムを訪れる。タ・ソムとはソムじいさんという意味で、東西には4面の観音像のある楼門があったが崩壊が激しく現在修復工事中である。元々は僧院だったので僧房の痕跡が残っている。

 
修復工事中の楼門              祠堂(拡大)

 次にクロール・コーを訪れる。12世紀後半から13世紀初頭にジャヤバルマン7世によって建てられた仏教寺院で石の質が悪く彫刻はあまり残っていない。

 
祠堂正面             祠堂背面

 クロール・コーから200mほど南に歩くとニャック・ポアンの入り口に出た。クロール・コーには我々以外1人の観光客もいなかったがこの遺跡には大勢の観光客が歩いている。この寺院はジャヤヴァルマン7世が施療院として造った仏教寺院で敷地の中に1辺約100mの正方形の池があり、その東西南北に1辺約20mの池が4つある。


中央の池

 ニャック・ポアンとは絡みあう蛇という意味で中央の池の中にある祠堂の周りをとりまいている2匹の蛇の尻尾が絡みあっていることから名付けられた。

 
祠堂(拡大)              絡み合った尻尾

 正方形の池の東西南北には小さな祠があり中に人、獅子、牛、象の彫刻があり、口からこの池の水が流れ出て四方の小さい池に流れ込むようになっている。

 
四方の祠            人の顔の像

 ホテルに戻って小休憩したあと市内のラッキーレストランに行き夕食をとる。メニューはカンボジア鍋とバナナの天婦羅のほか倉持さんが作ったソーメンも出された。男の添乗員が作ったソーメンなのでまずいことを覚悟していたが意外とおいしくお代わりをしてしまった。レストランの1階はお土産物の売り場になっているが、子供たちから5個1ドルで買えるヤシ砂糖の包みが1個2ドルになっていた。お土産屋はどこの国でも割高なので買うなら地元の人が利用している店が良い。


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